小説

『no little red food』日吉仔郎(『赤ずきん(little red hood)』)

 薄暗い廊下を歩いていても、窓は閉め切られて雨音は聞こえてこない。ただ雨樋から水が少しずつ、ぽつんぽつんと落ちて、どこかで時を刻んでいる。
 そうだ、図書室に寄ろう。
 昨晩、借りていた一冊を読み終わったところだった。
 図書室の扉を開けて、驚いた。入ってすぐの貸し出し当番の座る席に林田さんがいたのだ。わたしたちは顔を見合わせ、目が点になってしまう。思わず「え、偶然だよ?」とわたしは言い訳する。そういえば林田さん、図書委員だっけ。
「うん」林田さんは自然に笑ってくれた。
「この本の返却、お願いします」
「はい」
 学校の図書室に、区立図書館のようなバーコード式の会員証はない。図書室の本にはすべて貸し出しカードが挟んであって、林田さんは、その貸し出しカードに今日の日付のスタンプを押してくれる。
「ありがとう」お礼を言うと、林田さんは伏し目がちに「いえいえ」と言った。
「新しく借りてく本、探してもいい?」
「あ、うん」
 了解を得たので、わたしは本棚に向かう。次何を借りようかな。そうだ。鰻とか、パンダとか、絶滅危惧種に関する本にしよう。「サイエンス」の棚からそれっぽい本を選ぶ。新しそうで、写真がきれいなの。
 本を渡すと、林田さんはそこに返却日のスタンプを押してくれる。
「ありがとう」
 せっかくだし、もうちょっと話せたらいいなと思った。でも何を話したらいいかわからなくて、わたしはそのまま帰ろうとした。
「あの、中村さん、じゃなくて尚子ちゃん」意を決したように口を開いたのは林田さんのほうだった。「その、今日の休み時間のとき、ごめんなさい。わたし、聞くつもりじゃなかったんだけど、尚子ちゃんのお父さんとお母さんが離婚してるって、聞いちゃって」
「え、全然いいよ。あんなとこで話してたら、そりゃ聞こえるよね」
 何とも思ってないことを謝られて、変な感じだった。
「それで、その」
 林田さんは言いかけて、逡巡した。深呼吸してから、ゆっくりと続きを話す。
「えっと、ちょっと聞きたかったことがあって。その、実は、うちの両親、離婚するかもしれなくて。わたしね、親が離婚したら、子どもは必ずどっちかの親に引き取られるんだと思ってたの。それでもう二度と片方の親とは会わないって。でも、今日尚子ちゃんの話を聞いてたら、尚子ちゃんはお母さんと暮らしてて、それでたまに、お父さんとも会ってるんだよね?」
「あー、ややこしいよね」

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