小説

『no little red food』日吉仔郎(『赤ずきん(little red hood)』)

 わたしの軟弱なお父さんは林田さんの背中を見守りながら、困ったようにそう言うだけだ。

 ***

 次の日の月曜は生憎の雨だった。二十分休みの教室は、校庭へ出られずに暇を持て余したクラスメイトたちで溢れかえっている。そのうえ、冬の雨の日は寒い。各教室にひとつだけあるストーブの近くにゆらゆらと、わたしたちはみんな、グループ毎に集まって暖をとる。
「尚ちゃん、昨日、離婚しちゃったお父さんと会う日だったんでしょ? どこ行って来たの?」
 わたしはクラスの友達の愛梨ちゃんと美樹ちゃんに昨日あった出来事を報告することになった。愛梨ちゃんと美樹ちゃんはうちのお父さんとお母さんが離婚したことを知っている。
「えーとね、動物園」
「ああ、動物園」「子どもはとりま動物園みたいな」
「いや、わたしも最初それちょっと思ったけど、面白かったよ。パンダかわいかったし」
「パンダ、そういえば赤ちゃん生まれたんだっけ」
「いやいや、赤ちゃんは見れなかったよ。並んでて。でも大人のパンダは見れた」
「ふーん」
 会話が途切れて、視界の端に一人で座っている林田さんの姿を見つけた。林田さんは膝のうえに本を広げているものの、ページをめくる手を止めていた。
「林田さんー」わたしはなんとなく手を振ってみた。
 美樹ちゃんと愛梨ちゃんが、林田さんのほうにぐるんと身体を向ける。それに驚いたのか、林田さんはぎこちなくわたしに笑い返して、立ち上がって逃げていってしまう。
「なにあれー。別にいじめたりしないっつーの」「っていうかなぜ林田さん?」
「いや、昨日、動物園で偶然会ったんだよ。林田さんに。林田さんもお父さんと来てて」
「へえ、林田さん、お父さんと仲良いんだ」「あ、じゃあ林田さん、尚ちゃんのお父さん見たことあるってこと? まじか。どんな感じか聞いたらよかった」
「あはは」
 とりあえずわたしは笑ってみせるものの、林田さんがお父さんと仲が良いかは、ちょっとよくわからない、と思う。

 授業がすべて終わって放課後になっても、雨はしとしとと降り続けていた。
 わたしはいつも夕飯の買い出しをするためにひとりで下校する。家に帰ってからは、お母さんが仕事から帰ってくるまでゆっくりと本を読む。

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