小説

『狼と老婆』沢まゆ子(『赤ずきんちゃん』)

 女が二本目のボトルに手を伸ばす。
「なんか、白でもよかったわね。でももうわたしヤマメ食べちゃったし、やっぱり赤でいっか。それともビール一回はさむ?」
 言いながら、女は赤のボトルを手に取る。そして呼吸を忘れていたかのように大きな息を吐いた。
「ねえ、あなたわかる? いるのよ。感じのいい人って。違うわよ、ほんとうになんて言うかそうとしか言いようがない人、いたのよ」
 語尾伸ばしてしゃべるような馬鹿な女だったり、にこにこして誰にでも感じのいい浅はかな女だったり、カジュアル装っていやらしいほど雌狐だったら、見下せた。
 でも、違った。
「きちんと、した人だったのよ」
 そのとき女は思った。卑しい。
 たとえ馬鹿な女でも浅はかな女でもカジュアル女であったとしても、違う。違う、一番卑しいのは自分だった。そう思ったそうだ。

 女は、三日という約束で病院をあとにした。
 病院マジックではない。同情からでもない。
 しかし、受け入れたものの家に辿り着くと、やはりこの異様な構図に落ち着きがなくなった。そんなところに狼が現れた。そしてかの作戦を思いつく。そうして現れたのが赤ずきんだった。
 ただ狼が登場するだけでは、自分が守る立場にならなければいけないから逆効果だ、という理由から、狼の中に自分も入ると女は言い、飛び出して脅かす作戦だった。ところが赤ずきんは、「おばあちゃん? 初めまして。やだおもしろい」と喜んでしまった。そして、自分も狼の中に入ってみたいと言い出した。
老婆と狼が困惑していることも知らずに、赤ずきんはおばあちゃんと一緒に入ると言い、狼をベッドに寝かせ、二人で入ることになった。そうしてキャッキャと遊んでいたときである。無論、キャッキャしていたのは赤ずきんひとりではある。そこに六さんが現れた。
「きのこ持ってきたよー」
 ドアを開けた六さんは驚いた。大きなお腹の狼がベッドに寝ているではないか。中からは女の子の笑い声。
「六さんごめん、わたしここ、今出るから」
 女が言い、狼が左脇のジッパーを開けようと手を動かしたときだった。
「ボン」
 六さんが空に向かい銃を放った。それが威嚇のための空砲だったと知ったのはあとのこと。赤ずきんはその銃声で泣き出してしまう。
 俺が動くとまずい、思った男は硬直し、女は慌てて言った。
「ろ、六さん、大丈夫。今のできっと狼は気絶したわ」

1 2 3 4 5 6 7 8 9