茂みに隠れ、必死に笑いをこらえていた友人達をよそに、男は内心、自分の作品の出来を試すチャンスだ、などと思っていたのだ。ちまちまと細かな模型を毎日作ってきた身だ。手先の器用さには自信があった。
「わたし、あのとき、じつは怖かった」
女はぶどう酒を注ぎながら言う。
「なんで? え、だってすぐに人間ってわかったからめちゃくちゃ怒ったんじゃないの」
「そりゃわかるわよ、人間て。え、なんで? だから怖かったんじゃない」
狼の出来は、男の自信とは裏腹に、子ども騙しにもならないものだった。例えるならば、しかめっ面のくまもん、と言ったところか。
その見た目もあったのだろう。茂みにいた友人の一人がたまらず吹き出してしまった。馬鹿、大きい声出すなよ。だってガオーって。狼ってそもそもガオーとか言うか? 酔っ払いの小僧達は話したのだろう。
山奥というのは静かなものである。窓を開けていた女には、そんな会話の詳細までは聞き取れないものの、笑い声やひそひそ話をしている気配は感じられた。瞬間、女は思った。やばい、犯される。そして女は思った。すべてを捨てて山奥に引っ込んで、その末路が小僧にレイプ?
すると女の中にはある感情が芽生えた。鬱積されていた怒りという怒りだ。ふつふつと沸き上がったそれは、頂点に達した。どいつもこいつも馬鹿にしてんじゃないわよ。
「で、空き瓶を根こそぎ投げてやったわ。次の日掃除が大変だったけど、投げたらいろんな感情がすっきりしたのは確かね」
「ふーんそんなもんかね」
男はコンフィをつまみながら言う。
「そんなもんよ」
女はチーズを切りながら言う。
「ん、このきのこうまいな」
「ああ、それ?」
女は切っていたチーズをかじり、一片を男に差し出す。
「それ、六さんにもらったのよ」
「六さんって、あの猟師の? あのじいさんまだ生きてんの?」
六さんは、狼から老婆と赤ずきんを救い出した正義のヒーローだ。ということになっている。
六さんは地元では名の知れた猟師だった。きのこ採りの名人でもある。しかし性格にお茶目な一面があった。
「俺、あれが初作品だったわけ。それを完成からわずか三日で腹の真ん中から切り裂かれるなんて、なあ」
悪く言えば間抜けだった。
「六さんね、悪い人じゃないんだけど」
猟師なら、あんな着ぐるみ本気にするわけがないじゃない。猟師じゃなくとも、大人なら。あのときすでに、少しボケが始まっていたんじゃないかしら。女は思う。