小説

『はたちの狐』網野あずみ【「20」にまつわる物語】(『狐の嫁入り』)

 布団を整えながら、仲居さんが愛想よく話しかけてきた。間延びしたような独特の話し方は、この辺りの地の言葉なのだろう。
「いい写真が取れましたかねえ?」
 温泉上がりで、肩に手拭いをかけたまま窓辺の籐椅子に腰かけていた僕は、「はい、何とか」と言いながら、カメラを掲げて見せた。仲居さんは、「そりゃあ、そりゃあ」と、嬉しそうに笑った。
 僕はふっとため息をついた。実は、何をどうしくじったのか、思うような写真が撮れていなかったのだ。旅館に戻って液晶画面で確認をすると、そこに写っていたのは、黄昏時の風景ばかりであった。確かにそれはそれで良い写真ではあるのだけれど……。
「そういえば、神社に行ったら、夜店がいっぱい出ていたんですよ」
「夜店、ですか? 神社にですか? 今はお祭りの時期でもないだで、何ですかねえ」
 仲居さんは手を止めながら、しきりに首を捻っていた。
「縁日が立っていたと思うんだけれど」
 座卓の上に置かれたセルロイド製のお面に目をやりながら、僕も首を傾げた。
 仲居さんにそんな筈はないと強く否定されると、僕は途端に自信がなくなってきた。確かに夜店を巡っている間、何かふわふわとして地に足がついていないような感じではあった。
「あ、それと、狐の嫁入り、見たんですよ」
「はあ、今度は狐の嫁入りですか。何ですかね、それは」
「川向こうの山道を、明かりがね、こう、ゆらゆらと連なって。それが提灯行列のように見えるんですよ。知らないおばあさんが、狐の嫁入りだって、教えてくれました」
「明かりが、ゆらゆらですか……」
 仲居さんは何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。「お兄さん、そりゃきっと、鬼火ずらに」
 この辺りでは、夏の夜に鬼火が現れ、人を惑わすという伝えがあるようだ。年寄りによっては、それを狐火と呼ぶこともあるが、いずれにしても、かなり昔のまだ土葬の習慣があった頃の話だと、仲居さんは説明してくれた。
 仲居さんは僕をからかうように、「お兄さん、狐に化かされたのかも知れんねえ。相手は、年増の女狐だに」と言うと、意味ありげに笑いながら部屋を出て行った。
 仲居さんが行ってしまうと、急に静まり返った部屋に、窓の下を流れる渓流の涼し気な水音が忍び込んできた。
 僕は部屋の真ん中にぽつんと敷かれた純白の布団の上に胡坐をかき、カメラの液晶画面を見詰めた。
 たった一枚だけれど、そこには稲荷神社で出会った老女の写真が残されていた。赤い鳥居の脇にあった石段に腰かけ、茜色の夕日を受けながら遠くを見つめている。――藍染めの着物の襟もとに流れる銀色の髪。その髪に隠されながらもはっきりと見て取れる、丸みを帯びた柔らかな横顔のライン。何度眺めても、おかめのお面をつけているようにしか見えない。

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