紅色で隈取りされた狐の面が怒ったように否定した。
「僕が誘いに来た。一緒に行こう」
狐はゆっくり俯いた。
「みんな、狐を嫌う」
そっとしておいておやり、と村人が嗤う。いくら待っても誰かが迎えに来ることはない。
来るはずもないものを待ち続けなければならない不条理を思い、秋吉は唇を強く噛むと、天を仰いだ。
『狐は、はたちで嫁に行く』と言う和恵。
――二十は疾うに過ぎているんだよ。でも、誰も来なかったじゃないか。何を期待しているんだ。誰も迎えに来やしないのに。
固く閉じた秋吉の目には、今年も来年も再来年も、その先何年も、この境内でじっと何かを待ち続ける和恵の姿がはっきりと見えていた。誰かが教えてあげなくては、このままではいけないんだということを。
意を決した秋吉は和恵の前に立ち、狐の面に手をかけると、それを一気に引き剥がした。あっ、という声が聞こえたような気もするが、いとも呆気なく狐の面は秋吉の手の中に移っていた。
それは木製でありながら、一枚皮を鞣して作ったような薄さと柔らかさを持っていた。まさに匠の技そのものであることを、その手触りに感ずることができた。
和恵はとっさに顔を伏せており、長い髪が覆いかぶさるようにその顔を隠していた。和恵は膝の上に握り締めた両手を置き、肩を窄めて身を固くしている。秋吉は、彼女の色白の手に押さえられている血のように赤い袴も剥ぎ取ってやりたいような衝動に駆られた。
薄靄を含んだ一陣の風が舞って、和恵の髪を揺らした。あらわになった彼女の顔の左半分は、痣なのか、火傷の跡なのか、広い範囲で黒ずんでいた。
――顔に痣があるけえ、おぼこのまんま。
秋吉は狐の面を賽銭箱に立てかけると、自分の首からおかめの面を取って、そっと和恵にかぶせた。セルロイド製のぺらぺらなお面が、彼女の顔に吸い付くように嵌った。
「これで、誰だか分からない」
自らもひょっとこのお面をかぶると、秋吉は手を差し伸べ、和恵を立ちあがらせた。顔をあげたおかめが、ひょっとこを見て微笑んでいる。
手を引き合いながら参道を歩いて行く二人を囃し立てるように、麓のほうから、お神楽の笛や太鼓の音がひと際大きく聞こえてきていた。
「お兄さん、神社どうでした? 眺めがよかったでしょう」