そもそも興味もないインスタを始めたのだって彼女の影響にちがいない。テーマパークのデートなんて恥ずかしいよ、と言っていたのは誰だったのか。この人は好きも嫌いも、人生の方針も筋が通っていたことがない。というか、方針も筋もいまだかつて存在したためしがない。行き当たりばったりで刹那的でその場しのぎだ。
眼鏡をかけていてよかった。怒りも苛立ちも全て二重の窓で濾されているようで感情的にならずにすんでいる。二十歳のころから変わらない。子どもだ、この人もわたしも。
「ばかばかしくなってきた。別れるしかないよね」
終わりだと思っていた。
――お父さんは何も決められなかったのよ。
母の言葉が3Dの文字みたいに膨らんで胸に浮かんで沈む。家庭を捨てたくない、女も捨てられない。父はそんな人だった。
どちらか今すぐ選べなんて無理だ。できないよ。みんな、誰も大事なんだよ。そう言ったのだろうか。言えなかったのだろうか。
優先順位をつけられない人とは生きていけない。記憶にある母の背中がそう声もなく呟いた気がした。
突然渉が訪ねてきたのは三か月後だった。アパートの入口で話す。中に入れる気にはなれない。相変わらずネジが二、三本はずれたような顔をしている。
「ごめん」
選ぶことはできたのか、何かを決められたのか、さっぱりわからない。
一緒にいると何かを補い合えると思った二十歳のとき、あのときとは違う。本当は変わらなければいけないと考えていた。わかっていたはずだ。ずっとこのままではいられない。
ずっとずっと結婚とか生活とか、ぼんやりとした、だけど強固な壁に取り囲まれていて、逃げ切ることは出来ないのではないかとわかっていた。わかっているけどお互い触れないできた。その上この人は新たな面倒を抱え、しかもそれを解決できそうもない。どう考えても今が切り捨てるチャンスだ。
「あれから、とてもつまらない」
こんなときでさえ渉の声はどこかのどかで間抜けで、言葉は唐突だ
「だから?」
「円香がいなくなるとつまらない」
それがなにかの結論になると言えるのだろうか。呆れて何を言う気にもなれず目をそらした。かっとなりそうな自分を抑えて、渉を視界からはずす。
「円香がいなければつまらない」は、「円香でなければならない」でも「円香が一番大切だ」でもない。似て非なるもので、多く見積もっても≒だ。
ふと裾のほつれたジーンズが目に飛び込んできた。