小説

『成人式なんて思いやりのないものを毎年テレビで放映しないでほしい』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

「いいから、話しかけろって」
「お前が話に行けばいいだろ」
「俺? 俺が」
「そうだよ」
「そっかぁ」
 岡本は一人で勝手に納得して、美里たちのグループに向かって駆けていったその時だった。五月の京都の風が、足早に足元を駆け抜けた。そしてその風は美里たちのもとで、アッパーのような急角度で吹きあがったみたいだった。決して長くはない美里とその隣のツインテールのセーラー服を捲った。僕たちは不可抗力的に見てしまった。美里は真っ白、その隣のツインテールは真っ黒だった。申し合わせたみたいに。
 思わず振り返った美里たちは、自分たちの方に駆けてきていた岡本の方を見た。
「岡本くん、見たでしょ」
 美里の隣のツインテールが岡本を睨んで言った。
「え、いや、その、まぁ」
「どっち、見たの? 見てないの?」
 美里も睨みながら岡本に詰め寄る。
「いやぁ、不可抗力でした。すいません」
「へんたい」
 ツインテールはそう言うと、踵を返して歩きだした。そしてその後に美里が続く、と言ったところで彼女は僕と目があったみたいだ。その時なぜだか、彼女はいたずらっ子みたいに笑って、岡本にはこれ以上声をかけずに歩き出した。岡本一人、五月の京都の緑が作る影の下、立ち尽くしていた。

 焼けるように喉が渇いていた。風呂の後、部屋にある水道からの水は飲む気など全くおこらず、岡本のように計画的に昼間余分にペットボトルを買ってなかった僕は、旅館に入口近くにある自販機に向かって歩いていた。その時に、厳密に言えば部屋から出られる時間を10分ほど過ぎていたからなのか、旅館の廊下には静かに明かりが照っているだけで、非常口の緑と白の明かりがやけに明るく感じられた。
 入口近くの自動販売機は、僕と同じような境遇の生徒がたくさんいたのか、冷たい飲料はほとんど売り切れになっていて、ボルヴィックと缶のおしるこだけが売れ残っていた。ボルヴィックは好きだったので、迷わず買って、戻ろうとした時、廊下を歩いてくる人の気配を感じた。見つかったら面倒になる。と思った僕は反射的に、ラウンジにある椅子の陰に隠れた。秋の京都を連想させるような、深紅の大きな椅子の陰に。
 歩いてくる足音を聞きながら、じっと息を殺していると、二人が歩いてくるのが分かった。だか、不思議と会話が全く聞こえてこない。まるで恋人同士が歩いているみたいに。そっと、頭をずらしてその足音の主を見た。思わず、時が止まったみたいに固まってしまった。

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