小説

『成人式なんて思いやりのないものを毎年テレビで放映しないでほしい』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

視線の先にいたのは美里と、その肩に手をかけている背の高く、太った男だった。その時の美里は、何か諦めような、呆れたような表情をしていて、男の方はこれから大好きなエロビデオでも見るかのように瞳孔が開いて興奮しているのが、遠くからでも分かった。生徒というよりも男と言った方が的確な彼は、学年で一番の不良だった。彼の親が暴力団に属しているという噂は、僕も聞いたことがあった。
 二人は大人びて見えた。たぶん、着ている服のせいだろう。二人ともその未熟な容姿に不釣り合いなほどに、洒落た服を着ていた。どこか大人びている雰囲気を持った彼らは、そうした整った服を着てしまうと、もう中学生には見えなかった。
 本当にあっという間に、彼らは何事もないように外へ出ていってしまった。しばらくその場でじっとしていたけれども、彼らは戻って来なかった。僕は静かに立ち上がって、部屋に戻ろうと歩き始めた先で、ばったり学年主任とあってしまい、がっつり怒られた。が、何となく、ほんの少しだが彼の説教の中に、何かためらいのようなものを感じてしまって、僕はどこか同情しながら説教を聞いていた。
 部屋に戻ると嵐が通り過ぎたみたいに部屋はぐちゃぐちゃになっていた。
「川口たちが部屋を荒らしにきたんだよ」
 川口というのはサッカー部のキャプテンの名だった。

 夜、消灯時間の後で、布団をかぶって班の皆で恋愛話をした。みんな優しくて、僕は何も言わずにただの聴衆になることを許してくれた。僕以外が一人ずつ好きな人を言っていき、岡本の番になった時に、彼は急に布団を飛び出してバッグをガサゴソしだした。彼以外の全員がはてな、と思い待っていると、彼が取り出したのは昼間いつの間にか買ったと思われるお守りだった。赤い布地に縁結びと金文字の刺繍が入っている。そう言えば、縁結びで有名な寺に行ったような気もした。僕らが不思議に思ったのは彼がそれを二つ持っていたことだった。
「これさ、ペアで買ったんだ。この修学旅行中に渡そうと思って」
「で、だれに渡すんだ」
 隣の布団にいる大沼が待ちきれない様子で尋ねた。
「えーー。聞いちゃう。それ聞いちゃう?」 とひっぱたきたくなるようなことを抜かす岡本。
 だれなんだよ。早く言え。かまととぶんじゃねぇ。そーだそーだ。と声に押されて岡本は口を開いた。
「俺が好きなのはねぇ……藤咲。藤咲美里」
 おぉーー。という歓声の中で、僕はどんな顔をしていただろうか。
「な、なぁ。美里ってさ。彼氏いないのかな?」思わずそう言ってしまった。
「いない。俺が修学旅行前に聞いた時はそう言ってた」
「でもさ、あいつ井上と付き合ってるって噂じゃん」と大沼が言うと、岡本は人差し指立ててチッチッチと振った。
「もちろんそれも聞いたよ。でもさ、それも単なるうわさだって。美里は言ってたよ。そもそもあんな優しくて勉強ができる美里とさ、井上は釣り合わねぇよ。だってあいつ、やくざの息子だぜ」

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