小説

『成人式なんて思いやりのないものを毎年テレビで放映しないでほしい』岸辺ラクロ【「20」にまつわる物語】

 特別教室には、よく岡本が給食をもってきてくれた。クラスが同じだったようで、もう修学旅行の班も決まっているという。
「板倉は俺の班入ってるから、修学旅行は来いよな」
 岡本は何度もしつこくそう言った。ただ、「教室に来い」とは一回も言われなかった気がする。

 修学旅行当日の朝は、緊張で目が覚めた。もう荷物も全部そろっている。昨日の夜、母さんが修学旅行のために買ったというバッグを見て愕然とした。真っ赤なボストンバッグだったからだ。確かにかっこよかったが、僕にとっては目立たない、というのが最優先事項だったので、何か言いたくもなったが、その気持ちをこらえた。結局、僕は力ない中学生だったし、僕の為に母が買ってくれた、新品の真っ赤なボストンバッグに対してケチをつける権利なんて一切持ってないと思ったからだ。
 変な義務感が芽生えて、おそらく修学旅行に行けたのもそのためだった。ここまでしてくれたなら行かないわけには行かない気がした。当日の朝に、いつも僕が学校に入る職員室用の玄関の前には四台のバスが止まっていた。
 真っ赤なボストンバッグを抱えた僕を何人の生徒かがちらちらと振り返ってお互いに何か言っていた。ふと、美里がいることに気が付いた。美里は僕と目が合うと微笑んで、そしてまた隣のポニーテールとおしゃべりに戻った。その時、肩にいきなり衝撃を感じた。振り返ると、岡本が僕の肩を叩いていた。
「おい‼ なかなかイカしたバッグじゃんか」
 見ると岡本はショッキングピンクのバッグを背負っていた。
「いつの間にそっち系になったの?」
 と聞くと、バカ、姉貴のおさがりだよ、と言って岡本は笑った。そのあと急に神妙な表情になって、
「やっぱこのバッグじゃナンパできないかなぁ」と呟いた。

 金閣寺は本当に金色だった。当時はまだスマホなんてものが世になかったから、みんな「写ルンです」を遠足に持ってきて、僕も自分の「写ルンです」で金閣寺の写真を取って、岡本たちと砂利道を歩いた。
 見てるだけで涼しくなるような白石の砂利道を目でたどっていると、ふと、先に美里たちのグループがいることに気がついた。
「あ、美里たちだ」
 思わずそう呟くと、岡本が素早く顔を前に向けた。
「あ、本当だ。お前、話しかけて来いよ」
 そう言って岡本が僕の横っ腹を肘で小突いた。もちろん二人だけなら話しかけていたと思うが、こちとら一日前まで不登校だった身。とてもじゃないけど話しかける勇気なんて起きなかった。
「いや、俺はいいわ」

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