小説

『仏と女』美日【「20」にまつわる物語】

「私も生きていたくない。娘が死んでから毎日死にたいと願っています。娘に、早く私を呼びに来てくれと、願っています。でも自分では死ねない。一人だから自分をそこまで追い込めないんだと思います。でも、誰かがいたら、って……思うこともあって……」
 桜井は不愉快そうに顔を歪めた。
「すみません。おかしいですよね。ごめんなさい」
 信子は今日何度目か、桜井にひれ伏した。
 桜井は骨壺に手を伸ばし、ふたを取った。
「あっ!」
 信子が手を伸ばしたが、間に合わなかった。桜井はその中から骨を取り出した。テーブルの上にころん、と放たれたその骨は、仏様が座禅を組んでいるような形だった。
 次の瞬間、桜井はテーブルに刺さったナイフを抜き、その骨にナイフの柄を振り下ろした。ゴヅン、と、鈍く砕ける音がした。桜井はさらに骨の破片を粉々に砕いた。ごり、ごり、と、仏様を砕く音を聞きながら信子はなすすべもなく呆然と見つめた。そうして仏様が完全に粉になると、桜井はその粉にフウっと息を吐いて飛ばした。仏様の粉は部屋に舞い、そして畳の目に吸い込まれるように落ちた。桜井は丁寧にテーブルの上の粉を掃き、窓を開けると手に付いた粉をパンパン、と、はたいた。
「おじゃましました」
 桜井は立ち上がり、部屋を出て行った。ぱたん、と、戸が閉じ、じゃりを歩く足音が遠ざかり、部屋にはまた静寂が戻った。
 信子は部屋を見渡した。煙草の残り香、桜井の体温、テーブルの上のちいさなつぶ。信子は骨が飛んでいってしまうことを恐れ、窓を閉めた。
 そして信子はほうきを取り出し、丁寧に畳の目を掃いた。
 しゃっしゃっしゃっしゃ…………。
 信子は仏様の粉を全て拾い集め、骨壺に戻すつもりだった。

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