小説

『GASOLINE BOOGIE』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

 洋介はイグニッションキーをひねってポンコツセダンのセルを回した。あたりは暗い。弱ったバッテリーにセルモーターは、力ない悲鳴に似た情けない音を立て、いやいやに回る。へっぽこなクランキングで、どうにかこうにかエンジンが目覚める。
 目覚めたものの、非力なる内燃機関は、4つのピストンを弱々しく上下させる。いやいや吸気してガソリンに点火、しょうがなく爆発、うんざりと排気。ずっと交換していない古いオイルと冷却水が、鉄の塊の中、とりあえずに循環する。ちゃちなメカニカルノイズが耳障りに鳴る。
 助手席のシートは後ろに下げられ、誰も乗らない足もとには、赤い色をした缶がある。ガソリン20ℓ携行缶。上部に伸縮するポリエチレンのホースが付属する。
 いつでも頭からガソリンをかぶって焼身自殺できるようスタンバイしてある。洋介は、やると言ったらやる男だ。彼はそのチャンスを求め、深夜アクセルペダルを踏みこんだ。

 ちょうど20才の青年である洋介は、まだまだこれから若いと言うのに、すっかりと自分の人生に倦み果て、まだ見ぬ未来を明るい色彩に染めることを断念し、その結果、自らの手によって死することを決意した。作物にも長編の物もあれば短編の物もある。ならば自分の人生は、短編で結構だと彼は考えた。そこで彼は次に、この短編のエンドをいかにして飾ってやろうかと思考した。
 20才と言えば普通まだまだ燃えたりぬ年齢。これから火の粉を四方八方と撒き散らし、存分に燃え盛ることだって充分に可能だ。未来を捨てると決めた、20才の洋介は自分で自分に火を着けて、燃え死んでやろうと思った。ガソリンを頭からかぶって火を着け、燃え死んでやろうと思った。それで、燃えるなら、夜がいいやと思った。それも、深い闇に寝静まる、深夜に燃え上がるのがいいやと思った。
 闇に悪がひそむ。焼身を決意した洋介は、自分ひとりただおっ死んじまうだけじゃあ、なんだか今ひとつ物足りない気がしてきた。ならば暗中飛躍してるだろう悪をみつけ、そいつを地獄の道づれにし、この世の最後に少しでも世間のやくに立ってやろうと考え、決めた。とは言うものの、考えは実に漠然としている。漠然としてはいるが、とにかく彼は動いた。
 20ℓガソリン携行缶をホームセンターで買った。そいつにガソリンスタンドでガソリン20ℓ給油してもらった。そいつをオンボロセダンの助手席足もとに置いた。シャツの胸ポケットにはタバコとオイルライター。
 三年前に高校を中退したのち彼は、ろくな仕事にありつけなかった。そんな仕事も今では辞め、日付けが変わる頃アパートの部屋を出て、駐車場に止めた車に乗りこむ。
 たまたま知り合いからただで譲り受けた、その20世紀の国産小型乗用車は、古いだけで何の変哲もない。ところどころサビがうく車体の白い塗装は汚れて黒ずんでいる。へたった足まわりにステアリングがふらつく。非力のわりにガソリンをよく食らう。そんな、いいところなんてどこにも見当たらない、ポンコツセダンであるが、なぜか洋介は結構気に入っている。自分にはコイツがお似合いなんだと思って、ポンコツのステアリングを握り、走らす。

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