小説

『ふーけつのひと』堀部未知【「20」にまつわる物語】

 僕の隣で彼女は眠っている。
 彼女は寝返りを打つと、風がささやくようなおならをした。
 知りあって2時間と15分。
 出会いと告白。脱衣と行為。くつろぎの今に至るまで、僕は16回のおならを聞いた。

 あなたのことを考える。
 あなたのことを知りたいと思う。
 小さな思いのひと粒ひと粒がたった20分でひと房になった。
 わたしの枝には「あなたを想う」たくさんの葡萄が実って、その重さで限界なの。
 だから言うね、あなたが好き。

 自作だというその歌で、彼女は僕に告白をした。場所はアパートのごみ捨て場だった。住民や通行人もいる中で、彼女はギターをかき鳴らして、朝の8時とは思えぬほどの声量で、つまりそれは本気で歌いあげていた。
 その曲のタイトルは「どうかしてる」だ。まったくどうかしていると思う。
 彼女の名前は風子(ふうこ)という。僕が暮らしているレトロなアパートを、見下ろす高層マンションの住民らしい。
「んン・・ユリオ・・・」
 繰り返しになるけれど、僕らは知りあってまだ2時間と15分だ。それなのにもう寝言の中に僕の名前がある。それを喜ぶべきか、怖がるべきか、俄かにはわからないけれど、まずは僕らが裸で横たわっているこの状況を素直に驚くべきだと思う。
 いまさら眠れない僕は、そっと起き出して戸袋のある古い窓を開けた。ソメイヨシノにはまだ少し早いくらいの春風が気持ちいい。沿道の真っ白い木蓮は今が盛りと咲いていて、これは木蓮の恋だ、などと浮かれながら彼女の寝顔を見たところで、17回目のおならをきいた。
「なあ。なあって」
 僕は布団に潜って、風子を揺り起こした。
「んン・・・どしたの?」
「おかしいよ」
「こうなったこと?」
「そうじゃなくて」
 ひと際強い風が、僕の太ももを撫でるようにくるぶしのほうへと抜けた。幸いなことに彼女の風は無臭だった。
 「わたし、止まらないの」

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