小説

『仏と女』美日【「20」にまつわる物語】

「ざまあ見ろ。って感じですかね」
 信子の体温は急激に下がり、指先は凍った。
「どんな罪を犯しても死刑にならないガキのくせにやることだけは大胆でしたからね」
 信子の胸はつぶれた。あの事件から数年間は色々なことがあった。今はかなしみや後悔や贖罪の念が同居している。それは平穏という言葉に置き換えられる生活だった。桜井の訪問はそれらを壊した。だが信子には桜井を責める気持ちは全くなかった。むしろもっと責めて欲しいと思った。本当ならもっと早く死んでしまいたかった。死ねると思ったのに死ねなかった。そして今日も変わることがなく目が覚めた。
 信子はとっさに桜井にひれ伏し、畳に頭をこすり付けた。
「本当に、本当に申し訳ありません……本当に……何とか、何とか、本当に、何とか桜井様のご希望に添えるように努力しますので……」
 信子の謝罪の言葉を遮るように、桜井は乾いた咳を一つ、した。
「娘さんが自殺して、どう思いますか?」
「……ただただ、申し訳ないことでございます。罪も償わず……桜井様の」
「名前呼ぶの、やめてもらえますか?なんか嫌です」
「すみません。……お宅様の、お気持ちを、お気持ちを思うと……」
「そういうの、やめてもらえますか?謝罪しなければいけない、という概念だけの謝罪は」
 信子は唇を噛んだ。どんなに言葉を尽くしても言葉は謝罪にならない。
「……桜井様の、お宅様の、ご希望があるのでしたら、何でもします、させていただきたいと思っています」
「そうですか。何でも、ですか」
 信子はひれ伏したままうなづいた。何度も何度もうなづいた。
「俺の娘を返せ」
 桜井のつぶやきは信子に突き刺さった。下げた首元がぴくりと止まる。
「ってあんたに言っても意味がないし。別に、何かしてほしいことなんてないですよ。あるわけないでしょ。娘を返してほしい、以外のことなんて」
「……すみません……」
 信子にはそれしか言葉がなかった。その言葉に何の意味もないことがわかっていても、ただひたすら謝る言葉を紡ぐことしかできなかった。
「ま、その言葉、そいつに言って欲しかったけど」
 桜井はそう言って骨壺を指さした。

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