「これ、娘さんのですよね?」
仏壇を見ていた桜井が振り返った。信子は「はい」と口の中だけで答えた。
桜井は仏壇に向き合い、チーン、と、鈴を鳴らした。段取りのように線香に火を付け香炉にさす。そして手を合わせた。
信子が異変に気づいたのはやかんから湯気がふわりと上がった瞬間だった。
「ククク…………」
信子は固まった。
「ははは……あはははは………あははは!あーっはははははは!」
桜井の笑いは止まらず、盛り上がり、あげくの果てには腹をよじらせて笑った。その光景は恐ろしかった。だが信子には何もできなかった。桜井はひとしきり笑うと、「はあはあ」と息を整え、「失礼」と、信子に断った。
「もったないですよね。未成年なのに」
信子は桜井を見ることが出来なかった。
「で、どうやって死んだんですか?」
娘の死に様だけは、思い出すことを避けて生きてきた。だが桜井の問いに応じなければならない。信子は意を決した。
「窒息……しました」
「窒息?どういうことです?首を吊ったのですか?」
桜井は曖昧な説明では満足しなかった。信子は正直に言葉を続けた。
「下着を……飲み込みました」
「下着?下着って何ですか?パンツ?」
「……はい……」
「パンツ?パンツを飲んだんですか?どこで?」
「トイレで……」
「トイレ?便所ですか?」
桜井は嬉しそうに何度も「便所ですか?」と聞き直した。そのたび、信子は「はい」とうなづいた。
「じゃあ、便所で自分の履いていたパンツを飲んで死んだ、ってことですか?」
信子は聞くに堪えない我が子の死に様を思い出さないようにしながら小さくうなづいた。
「あはははは!」
桜井はまた笑い出した。
「じゃあ人生の最後に見たのは便座!最後の晩餐はパンツ!こりゃいい!」
桜井の笑いは止まらない。腹を抱え、全身を崩して笑った。信子はその場から逃げることはできなかった。逃げ場などこの世のどこにも存在していない。