桜井は首を横に振った。信子は答えを失い、うろたえた。
「殺してくださいよ、私を」
「ええっ?」
信子は驚いて息をのんだ。
「死にたいんです」
桜井の目は真剣だった。
「でも、自殺しようにもどうしてだか死ねないんです。怖いんです。自分で自分を傷つけるのが。だから、あんたにお願いしようと思って。死にたい。というか、生きていたくない」
信子はその心情に激しく共感した。同じだ。死にたいという欲求が強いというより、生きていたくない。テレビではあんなに毎日人が死ぬニュースが流れるのに、どうしてだか自分には死が訪れてはくれない。
桜井は信子の腕を掴んだ。
「殺してくれ」
「い、いやっ」
信子は思わずその手を払いのけた。だが桜井は信子を捕まえた。
「だってさっき、あんた言ったでしょ、何でもするって」
「でも、できません」
信子は必死に抵抗する。すると桜井はサバイバルナイフを手に取り、テーブルにガツン!と刺した。その切れ味、深みに、信子は縮み上がった。
「できませんじゃないよ!やれって言ってんだよ!」
「できません!」
桜井は信子の手を乱暴に掴んだ。信子は手を振りほどこうとしたが男の力に対して信子は非力だった。
「殺人犯の親として責任取って私を殺してくださいよ!」
「無理です!」
「あんたの娘がうちの娘にしたように!刺してください!脇も、背中も、腹も!何度も何度も!」
「いやっ!」
「娘の無念を思うのなら、娘と同じように私を刺すんだ!殺せ!俺を殺せ!」
「できません!」
信子は大声で叫んだ。そして桜井を必死に振り切った。
「怖いんです!命を、奪うことが、怖いんです!私だって、何度も自殺しようとしました、でもできなかった、怖くて!だから!だから……」
桜井は信子の言葉の勢いに脱力したのか、手を離した。
「それって……あんたと俺は……同じってことですか……」
「……同じだとは、言いません……」
「あんたも自殺しようとしたけど死にきれない。私もそうだ。私はあんたに殺してくれとお願いした。でも怖くてできないという。逆もしかり、だ。俺にはこのナイフで人の肉を切ることなど……」