小説

『にじゅうの記憶』まつまる【「20」にまつわる物語】

仁藤がタバコの火を消すと、私たちの声も消えた。長い沈黙の間、徐々に煙たさが引いていき、辺りは暗くなってきた。
「さっきさ、仁藤のこと思い出してたんだ。本当の意味の『ひとり』って言ってたでしょ。それで、もっと昔のことも思い出した。小学校1年生の時、私この辺で迷子になってね、その時の心細さは、仁藤の言ってた『ひとり』と近いのかなって……」
「違うよ。だってそれ一人じゃないからね。俺が電話かけさせたからお母さんに迎えに来てもらえたんだよ」
「え、えっ、え?」
「なんだ、本当に忘れてたのか。俺らが初めて会ったのって高校の時じゃなくて小学生の時だよ。で、俺がここに映画観る為に連れてきたんだけど、お前は帰るって言うから、じゃあバイバイって別れようとしたら、泣きそうになっててさ、だから20円渡して公衆電話から家にかけさせたの」
「完全に忘れてた……」
「まあいいよ。約10年越しに20円も返してもらったしね」
そう言って仁藤は笑った。
「そっか、そうだったんだ……」
結局私は、ずっと昔から仁藤のおかげで、仁藤の言う本当の意味の「ひとり」を知らずにいたんじゃないだろうか。
「そろそろ帰るか。もう暗いし。あ、またいつか連絡するよ。前みたいにさ」
「うん」
「じゃあね」
仁藤は背を向けて歩き出した。
「ねえ、私のこと、憶えててくれてありがとう」
「おう、忘れないよ」
そう言って仁藤は、また笑った。

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