小説

『にじゅうの記憶』まつまる【「20」にまつわる物語】

「え、いや明日って卒業式だけど」
「いや知ってるけど」
仁藤は平然とそう答えた。あとで知ったことだが、彼は卒業式の時だけでなく、授業も度々さぼっていた。それも出席日数・成績共に卒業できるラインをしっかり押さえていたのだからたちが悪い。私がなぜそれを「あと」で知ったのかといえば、それは当然、仁藤の誘いに乗ったからである。私も実は卒業式に出たいかと言えばそうでもなかった。仁藤と知り合うまでの私に対する先生たちの視線を思い出すと、なんだか送られたり祝われたりする気にはなれなかったのだ。
そして卒業式当日の朝、私たちはここに来た。若者たちの甘酸っぱい青春映画を観たあと、仁藤に卒業式をさぼった理由を聞いた。すると彼はこう言った。
「自分はひとりだって思ったことある?」
「仁藤と会うまでは、ひとりだったと思う。なんで?」私は更に聞いた。彼は小さく頷きながら答えた。
「俺は本当にひとりだって思った時、それまで思ってた『ひとり』と、本当の意味の『ひとり』の違いを知ったんだよ。だから、自分のことをちゃんと見てくれる人がいないとダメなんだってわかった。学校はさ、一時的なものだから別にいいんだよ、適当で」
それ以来、彼とは一度も会っていない。
はっとして周りを見てみると、映画はすでに終わって、客は一人もいなくなっていた。映画の内容は覚えていない。座ったまま私はため息をついて、仁藤の言葉を反芻しながら、13年前にここの前で動けなくなっていた自分を思い出した。
私は泣いていた。寂しくて、心細くてどうしようもなくて、泣いていた。私は仁藤の言った、本当の意味の「ひとり」を理解できているのだろうか。

 
ロビーから外を見ると、もう日が沈みかけていた。ドアを押して外に出ようとすると、出入口のすぐ脇で男がタバコを吸っていてぶつかりそうになった。お互いすぐに謝ったが、男は何かに気が付いて声を出し、男の顔をみた私も同じように口を開いていた。
「あ」
それが2年ぶりの再会の言葉だった。仁藤は咥えていたタバコを手に持って、チラッと私を見た。
「久しぶり」
「うん、久しぶり」
「……」
「あ、そうだ、映画祭、出るんでしょ」
「おー、そうそう。チラシ見た?」
「うん。時間合ったら観に行くかも」
「そうか、ありがとう」

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