小説

『にじゅうの記憶』まつまる【「20」にまつわる物語】

私の財布の中には、近所の小さい映画館のポイントカードとお守りが入っていて、お守りの方は私が小学生の頃から大切にしている物だ。
大学生になってから、よく思い出す。
小学1年生の時、私は最寄りの駅付近で迷子になったことがある。家からそこまでは大人の足なら15分程で行ける距離だが、小さい子供の足だとそれなりに遠い。それに加えて、まだ周辺の道もよく知らなかった私はどうすることもできなかった。
その日をきっかけに母が持たせてくれたのがこのお守りで、また何かあったら公衆電話をかけられるようにと、十円玉が2枚と母の携帯電話の番号を書いたメモが入っていた。今はもう番号のメモは入っていないけれど、なぜだか20円はお守りの本体のような気がして、変わらず入ったままになっている。
迷子の件は結局、母が迎えに来てくれて解決した。ただ、母がどうやって私の居場所まで辿り着けたのかはよく覚えていない。きっと、私を見つけた受付の人が学校に連絡して、そこから母に伝わったのだろう。たしか私はその時、映画館の前にいた。

「本日、レディースデイですので、女性の方は千円になります」
人の少ないロビーに受付の声が響く。
千円札とカードを渡すと、二つ折りのカードの内側にスタンプが押されて返ってくる。いつの間にか「ポイントカードはお持ちですか」とは聞かれなくなって、その代わり、支払いの後に「いつもありがとうございます」と返ってくるのが慣例となった。
昔は一度来ただけでもどこだかわからなくなって途方に暮れていたのに、13年経った今は随分と慣れ親しんだ場所になっている。
ここはいつも映画館として成立しているのが不思議なくらい人が少なくて心地よい。ロビーで静かな椅子取り合戦が勃発することもない。フライヤーの棚には、小さな映画館らしく小規模なマイナー映画のものばかりが置かれていて、棚の前に人が立っていることはなく、いつも寂しげだ。私もいつもはあまり熱心に物色することはなく、正面の椅子に座ったままざっと眺めて記憶の隅に置いておく程度なのだが、一つだけ少し雰囲気の違うチラシが目に入った。映画のポスターではなく、どうも文字ばかりが印刷されているように見えた。
立ち上がって近づいてみると、それは学生映画祭のチラシだった。全国規模で行われるような大きいものではなかったが、そこで上映される映像はどれも自分と同年代の学生たちが作っているらしく興味が湧いた。自分の創作物を大勢の前で発表するなんて、よくそんな恥ずかしそうなことができるなあ、と心底感心しながら若い監督たちの名前を見ていくと、その中に一人、私のよく知る人物の名前があった。

 
彼は高校の同級生だった。

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