小説

『仏と俺様』美日【「20」にまつわる物語】

「基子が笑って、泣いて。また笑って。そういうのを見ていたら、モトコを恨んだことは忘れました。いや、恨んだのは演歌歌手のブロマイドを取られたあの一瞬だけだったんです」
「じゃあ、さっちゃんは、妹さんの前には化けて出なかったんだな?」
「いえ、演歌歌手の件は唯一の恨みだったので、一応出てはみたんですけど……気づかれませんでした。やっぱり薄かったんでしょうかね、色々」
「そういうオチか」
父はもっとパンチの効いたオチを期待していたのだろうか。少しがっかりした様子だった。
「まあつまり何を言いたいかというとですね」と、幸子は俺を見た。
「人が死んでいなくなっても日常は続くんですよ。それでいいんだろうな、だからいいんだろうって」
 そして幸子はゆっくり、言葉を選んだ。
「生きてる人が泣いて笑って寝て起きて食べておならしてまた笑って。そういうことで良いじゃないですか。ね。記憶なんて、消えてもいいんですよ。私だって、死ぬ瞬間は妹のことなんて思い出さなかったですし」
 俺は幸子の言わんとすることを理解した。死んだ人のことなどぐぢぐぢ思い出して泣くことなどせず、とっとと忘れろ、ということだ。
そして父に対し、そろそろ本質を問いたださなければいけない、と思った。
「で、あなたは何を恨んでるんですか?」
 俺は父を真正面から見つめた。
「僕への恨みと僕の十歳の誕生日にあえての失踪とは、どんな関係があるんですか?」
「ないよ」
「言ってください。言うために化けて出てきたんでしょ?」
幸子が「まあまあ」と俺をなだめ、父に「さあさあ」と、続きを促した。
すると父は決心がついたのか、話を始めた。
「まあ……あれだな……一言でいえば、俺が弱かったんだよ」
「弱い?」
「今風にいうと、心がポキっと折れてしまったんだわな」
「僕の誕生日に……?」
「それは、たまたま……いや、違うな。あれは、お前の誕生日だったから、ああいうふうになってしまったんだろうな」
 父は言いよどんでいた。だが俺はどうしてもその先を聞きたかった。
「教えてください」
「まあ、恥ずかしい話だよ。聞いたらすぐに忘れろよ」
 父はもったいぶって、空咳をし、声の調子を整えた。
「実はさ。お母さん、浮気してたんだよなあ」
「えっ」
「でさあ。それはこっちもうすうす気づいてたし、何度か問い質しもした。その平行線がやりきれなくてね。俺はもうね、我慢の限界だったのよ」
知らなかった…………。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10