「ですので僕の過度の期待は、新しい父親の出現により、その辺でうやむやになりました」
「恨んでるんだろ?俺の事」
「いいえ」
「恨んでるだろ」
「いいえ」
「いや、恨んでる。翔太が恨んでるから俺は今こうしてここにいるんじゃないのか?」
「そういうことなら逆ですよね?」
俺は息を整えた。
「あなたが僕を恨んでいるから、今、こうして、ここにいるんですよね?」
俺は、ベッドの上の雑多なものに混じった骨壺をちらりと横目で見た。
「幽霊、ってそういうもんじゃないんですか?」
父は「参ったな」と小さくつぶやいた。
「あなたは行方をくらまして二十年、何の連絡もなかった。でも、ある日突然、」
俺は骨壺を指さした。
「骨になってうちに帰ってきた。と思ったら、今度は……ここに……」
俺は実態があるように見える父を見た。
「つまりそちらに何か言いたいことがあるんじゃないですか。幽霊ってそういうものなんじゃないですか」
「別に……ないよ。あるわけがないだろ」
「じゃあどうしてわざわざ幽霊になって化けて出てるんですか?」
「化けて出るとか、人聞き悪いなあ」
「でもそういうことじゃないですか?幽霊って。世間一般的に」
「俺は世間一般ってのが一番わからないんだけどなあ」
父はそこだけ何故か自慢げに言った。世間知らずを個性だなどと勘違いする安いハーフタレントのようで不愉快だった。
「まあ……あるとしたら……」
父は遠慮がちに言葉を繋ぐ。
「翔太に、誕生日が嫌いだ、なんて言って欲しくない、ってことくらいかなあ。俺もそうだけど、お母さんだって悲しむだろう」
「なんだか世間一般的な答えですね。少しがっかりしました」
俺がそう言うと父親は「これが世間一般かあ」とつぶやき、「なあ」と、また幸子に同意を求めた。自虐的に笑う父にうなづく幸子を見て、俺は幸子にも何故かまた小さな悪意をぶつけたくなった。
「そちらさまも僕に何か恨みがございますか?」
「いえいえありません」
幸子は即答した。
「私は……お通夜に行って来たのです。自分の。私、ガンで死んだのですけど」
やはり幸子も幽霊だった。