俺はカチンと来た。母を平然と責めるようなその脳天気な感覚に。
「もちろん作っていただきました。中学、高校、弟の分も合わせたらなんだかんだで十年、朝と弁当と夜と夜食、部活のある土日も含めてしっかり毎日作っていただきました。それだけで世界一尊敬し、感謝しています」
俺が一気にそこまで言うと、「良いお母様ですね」と、幸子がうなづいた。
幸子と父がどういう関係か知らないが、幸子が敵意のようなものを持ち合わせていないことは伝わった。だが、父の方は少し違ったらしい。
「うん、いい母親だ……たださ、」
「なんですか」
「今日はお前の誕生日だろ?」
またも俺は驚いた。父は、今日が俺の誕生日だということを知っていたのだ。
だから今日、ここにやってきたというわけか。
「誕生日に一人でそんなもんつつくなんてさ。恋人もいないのかよ」
俺は不格好に割れた箸をコソリと置いた。
「僕は自分の誕生日が嫌いです。理由は、おわかりいただけますね?」
俺がそう言うと、父はばつが悪そうに小さくなった。
「……ああ、そりゃ、すまん」
「ちなみに恋人はおりますので」
「ああ……そう。それは良かった」
だが、俺は自分の恋人の話を父にするつもりはさらさらない。
「俺が家出した日がこいつの誕生日だったんだ。だから恨んでるんだよ」
と、父が幸子に説明すると、「そうなんですか」と幸子がうなづいた。
違う。俺はきちんとそこは訂正しようと思った。
「正確に言うとそこではありません」
「えっ?違うの?」
父は素っ頓狂な声を上げた。俺は父を真正面から見た。俺の記憶していた父の顔とは、少し違う気がした。加齢とも違う、二十年分の生活の違いなのか。
「あなたは僕の十歳の誕生日の朝、バースデーケーキを買って帰るね、と言って家を出、そのまま帰りませんでした。僕はしばらく本気で帰ってくると信じていました。ですので、その期待値に対して、恨みがあったかと聞かれたら、なかったとは言い難い。でも、恨みがあるとしたらそこではないです」
「そりゃ悪かった。苦労かけた」
「いいえ。それほどでもないです。母はすぐに再婚しましたので」
「……そうか」
父は少しうなだれた。俺は小気味よかった。