「でも、幽霊でも良かった、会えて、良かった、父さん、ありがとう、来てくれて、ありがとう、俺に、誕生日に会いに来てくれて……」
父はもうどこにもいなかった。気づくと俺は白い壁紙に向かって父に言うべき言葉をアホみたいに語りかけていた。
「誕生日、お祝いしてくれてありがとう……歌、すっげえ、うまかった……父さん……ありがとう……ありがとう……ありがとう……」
ひとしきり泣くと、俺は父の骨壺に尻を向けていることに気づいた。
「おい、そっちかよ」
ついでに、自分が下着姿で薄ら寒いことにも気づいた。
「寒っ」
俺は先ほどまで父が座っていたパーカーを広げた。まだぬくもりがあるような気がした。そのぬくもりをそのまま着ようと片袖だけ通した。
だが…………。今すぐにすべきことがあった。
父の遺言の実行だ。
俺は携帯を取り出して恋人に電話した。すぐに電話はつながった。
「もしもし。俺。え?泣いてないよ。あのさ、さっきはごめん」
俺は思い出せないほど些細な喧嘩で今夜の予定をキャンセルしたことを詫びた。だが結果的にその選択が俺の誕生日の運命を大きく覆す結果になるのだ。願いは、きっと、叶う。
「あのさ、話があるんだ。うすうす感づいてると思うけど」
うすうす、と言った瞬間、一瞬だけ幸子のことを思い出して笑った。
俺は、どんぶりプリンの上の仏様用のろうそくの火を見つめた。暗がりに父の仕草や白髪交じりの無精ひげが見えた気がして鼻の奥がツンとなり、片方だけ通したパーカーの袖で目尻を軽く拭いた。
電話の向こうで恋人が息を詰める気配がする。
「僕の家族になってください」
そうして俺は大きく息を吸い、火を一気に吹き消した。