俺は目から流れる感情の迸りをぬぐうこともせずに答えた。
「どうせ、願い事なんて、叶わない」
「……」
「父さんに会いたい、って願い事は、ずっと、叶わなかったから」
「…………」
「それに……」
俺は真正面から父を見据えた。たるんだ皮膚。くぼんだ目。目尻のしわの細部まで、俺は目に焼き付けた。
「これ、消したら、あんた、消えるの?」
「!」
「消えるんだろ?」
「…………」
「だって……いつのまにか幸子さん消えてるし」
どうやら父は幸子がいつの間にかいなくなっていることに気づいていなかったようだ。
「さすが存在薄子」
父はちょっとおどけた。だがその笑顔は寂しく、俺の胸は痛んだ。
「ま、わかってんなら…………俺もそろそろ行くわ」
父の立ち上がる気配に俺は慌てた。
「ちょっと待って。俺……誕生日のたびにあんたを恨んだ……どうして、どうして誕生日だったんだよ……」
「やっぱり恨んでたんだな。それでいいよ」
「違う!会いに来てくれないことを恨んだんだ!」
父の存在が薄くなっているのは、涙でかすんだせいではない。
「結婚?家族?なんだよそれ!あんた、教えてくれなかったじゃないか!」
父は知っていたのだ。骨になった父と二十年ぶりに再会した俺が、一人暮らしの部屋に骨壺を持ち込んだことも。それから毎晩泣いていたことも。
「教えることなんてないよ。家族なんて、俺が一番わからない」
「いてくれるだけで良かったのに!」
父はどんどん霞んでいく。俺は思わず父に縋った。だが、その存在は映像のように実体がなかった。ショックで俺はうろたえた。でも、まだ見えているのなら、この声が聞こえているのなら、言わなければ、ちゃんと聞いて貰わなければ、と思った。
「会いたかった!ずっとずっと父さんに会いたかった!会って話したいことがたくさんあった!でも何を言えばいいかわからない!父さんをどう思ってるのかさえ分からないよ!この感情には名前がないんだ!この気持ちは何?恨んでる?会いたい?これが、これが家族ってことなの?」
「じゃあ俺も家族ってのを翔太に教えてやれたってことかな」
父の声がなんだか遠くに聞こえた。