小説

『台風の向こうがわ』藤野【「20」にまつわる物語】

「これなら、中に忍び込むのは簡単だろ。忍び込んだら、外階段の扉ぐらいは俺らだってそんな苦労せずに乗り越えられるだろうし」
「そうだね。中階段を使ってみたい気はするけど」
 夜になると給水塔の中階段からはぼんやりとした明かりがいつももれている。夕暮れのように少し懐かしい感じがするそのオレンジ色を見るのが僕は好きだ。
「ふーん。やっぱり給水塔かぁ」
 外から声がして僕とリョウはほとんど同時にテントの窓から勢い良く顔を出した。バリケードの一つの赤い傘がゆらりと動き、笑いをかみ殺したゆっこが現れた。
「お前、いつからいたんだよー」リョウがしまったなぁと髪の毛をかきむしりながら問い詰める。
「リョウくんがくるずーっと前から」
「じゃあ、僕らの話全部聞いちゃったんだ」
「うん。だって、2人が絶対何か企んでると思ったからわざとここに隠れてたんだもん」
 ゆっこがずるいじゃない、と怒ったような顔をして見せた。帰り道になんだか少し口調にトゲがあったのも僕らの企みに気づいていたからか。女子ってすごいな。
「私も一緒に連れてってよ」
「女はダメだ」
 リョウがあっさりと断ると、ふーん、と唇を尖らしてから、
「中階段の鍵、欲しくない?」
 そう言って、顔の前で小さな銀色の鍵を振ってみせた。黄色いタグが僕らの眼の前で揺れる。そこには確かに「3号棟前給水塔中階段」とかすれたインクで記されていた。中階段。本当に入り込めるなんて奇跡に近い。なんでゆっこがそんな凄いものをさりげなく持っているんだ。リョウと僕は深々と頭を下げて非礼をお詫びした。
「当番の箱があるじゃない?この前お母さんに頼まれてお隣の家から預かってきたんだ。ずーっと、何が入ってるのか知りたかったから調べてみたの」
 そういえばお母さんが時々面倒くさそうに大きな缶の箱を台所の何処かにしまっている。僕なんて隠し場所すら教えてもらえないのに。そう言ったら、リョウも同じく「俺も」とつぶやいた。
「私って家での信頼が絶大なの」
 そう言って微笑んだゆっこはなんだか年上の女の子みたいに見えた。
「夜のお出かけってすごくワクワクするよね」
 リョウとは一旦わかれて3号棟に帰るとき、来た時よりも風が強まっていて、誰かが置き忘れたプラスチックの小さなバケツがコロコロと僕らの足元を転がっていった。 

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