小説

『台風の向こうがわ』藤野【「20」にまつわる物語】

 僕たちは同じ団地に住んでいる。僕らの団地にはなんだってある。コンビニだって、フィットネスクラブだって、そして給水塔も。僕らは小さな頃から給水塔に憧れていた。夕日を浴びて堂々と太陽を見送る姿は古代の遺跡のように立派だったし、夜になると赤みを帯びたオレンジ色の明かりを灯して空に浮かびあがるその姿は僕らの家を守っている孤独なヒーローのようにも見えた。どこか遠くへ出かけてかえってきたときに、給水塔のてっぺんが見えてくると、あぁ、うちに戻ってきたなぁといつも思う。
 低学年組を無事に送り届けおわった時にポツポツと雨が降り出した。でも、まだ「台風」ってほどじゃない。ゆっこに隠れてリョウと目配せしあいながら別れて家に着くと、まだお母さんは家にいない時間だった。僕はためらわずに自分の鍵でドアを開ける。薄暗いリビングに入って、ランドセルをソファーに放り投げる。誰もいないリビングの灯りをつけるのは好きじゃない。暗いときよりもなんだかさらに僕しかいないことが強調される気がするから。とくに今日はそんな気分になりたくなかった。だけど、暗いままにしておいたら一度お母さんに怒られた。「嫌がらせのつもりなの?」と言って、しばらく口をきいてくれなかった。そんなつもりじゃなかったけど、お母さんだって暗い家に帰ってくるのは嫌に決まっているんだから、僕が身勝手だったんだろうなと反省した。でも、しらしらとした光に照らされて静まり返った空間はやっぱり僕は好きになれない。次に電球を替える時は給水塔のようなオレンジ色のものにしてもらおう。
 リョウと会うためにそのまますぐに家を出る。少し悩んだけどやっぱりリビングの電気はつけなかった。外に出ると雨も風もまだたいしたことがないのに空はさらにどんよりと重たくなっていた。
 2号塔の最上階に続く右階段の踊り場が僕らの基地だ。階段にある傘のバリケードを超えると小さな2人用のテントが張ってある。
「おせーよ」
 リョウが先についていたけど、いい場面みたいで顔も上げずにゲームを続けている。
「給水塔、どうやって登るの?」と、僕が待ちきれずに聞いたらリョウはようやくゲームを止めて、スマフォの写真を「ほら」と見せてきた。給水塔だけど・・・
「なに?」
 訳がわからずたずねると、リョウがなんでわかんないんだよ、と顔をしかめて画面を指した。
「あ、破れてる!」
「だろー。この前偶然見つけたんだ。さっき見たらまだあった」
 給水塔の周囲には数メートルの高さにおよぶ金網がはられており、上にはギザギザとしたトゲのようなものまで置かれている。正直、乗り越えるのは少し厳しい。やれなくもないけど、もたもたしているうちに大人たちに見つかってしまう。でも、これなら。

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