土井君は小鼻を膨らませながら、得意そうにうなずいた。僕は時間が再び流れ始めたことにホッと胸をなでおろした。冷房は効いていたが、背中にけっこうな量の汗をかいていた。
それからまた順番に注文を言っていったが、他に大盛カツカレーセットを頼む人はいなかった。
しばらくすると、順々に料理が運ばれてきた。最後のあたりに、土井君が注文した大盛カツカレーセットが運ばれてきた。大皿に盛られたカレーには二枚のわらじとんかつがルーを覆い隠さんばかりにのっている。カレーの横には台湾ラーメンが置かれ、その湯気にさえ辛さが滲み出ている。
「おぉー、来たねぇ」
安藤先輩が大盛カツカレーセットの威容にいち早く気づき、みんなに周知するかのように言った。
「ほんと、すごい」
森さんや園田さんも感心した目で見ている。少し離れた席に座る人たちも、遠目でその威容を見ながら感嘆の声をあげている。
「土井君、すごいね」
そんな声が方々で聞かれた。土井君は口の端を満足げに吊り上げながら、スプーンにまかれたナフキンをはずしている。いま自分は世界の注目を集めている。世界は自分を中心に回っている。土井君はそう感じていたのだろう。華々しい舞台に上がった土井君、スポットライトは土井君を照らしている。観客の注目は土井君ひとりに集まり、みんなが土井君の一挙手一投足に歓声をあげているのだ。土井君がレンゲで激辛台湾ラーメンのスープをすくった時などは、見ているだけで舌が焼けるのではないかと思われるくらい濃厚なスープにまわりから悲鳴のような声が上がった。
けれども、土井君への注目はきわめて刹那的なものだった。すぐにみんなの関心は薄れていったのだ。それぞれがそれぞれの料理を食べ始め、それぞれがそれぞれの話を始めてしまった。
これから行く高原の話や観測する予定の星座の話、夏休みのいつ頃に実家に帰るかとかバイトがいつからいつまであるかとか、単位の取りやすい講義の話や見ているテレビの話など、いわゆる学生の雑談にそれぞれのテーブルで花が咲き始めた。僕のテーブルでも部長や安藤先輩を中心に雑談に花が咲いている。
そんななか、僕は部長や安藤先輩の話を聞きながら、ひそかに土井君の様子をうかがっていた。最初こそ勢いよく激辛台湾ラーメンをかきこんでいたものの、案の定、すぐに土井君の食べるペースは落ちていった。中肉中背の土井君。たまに一緒に学食で食べることがあったが、小食ではないにせよ大食いというほどでもない。とても大盛カツカレーセットをぺろりと食べられるほどの大食漢ではないのだ。
ほどなくして、食べ終わる人たちがちらほらと出てきた。僕はなるべくゆっくりと食べていたが、単品のかきあげ丼はすぐに食べ終わってしまった。なんとか漬物をゆっくりひとつずつ咀嚼していたが、これもすぐに食べ終えてしまうだろう。土井君を見ると、大盛カツカレーセットはまだ随分と残っていた。激辛台湾ラーメンはなんとか食べ終えていたが、カレーとその上のわらじとんかつがまだほとんど残っていた。おそらく激辛台湾ラーメンでお腹がいっぱいになってしまったのだろう。