小説

『大盛カツカレーセット』加陶秀倖【「20」にまつわる物語】

 もう一度、土井君は言葉を発した。あきらかに僕に話しかけていた。それが癪にさわった。いつも無口なくせになんでしゃべりかけてくるんだ。まさか人気者になった気でいるのか。どうせ一時のものだぞ。お前なんて地味で格好わるくて無口で、決して人気者になれる素質があるってわけじゃないんだからな。
 僕は自分が危険な状態にあることを自覚していた。あと一度でも土井君が話しかけてこようものなら殴ってしまうかもしれない。正直、僕は土井君を殴りたかった。なぜだか理由は分からない。もし殴ってしまい、理由を聞かれても、僕は答えることができなかっただろう。
 もちろん、土井君はそんな僕の気持ちは知らない。土井君は覗き込むように身を乗り出しながら、満足げな顔で僕に言った。
「あの激辛台湾ラーメンが・・・」
 なんでおれに話しかけてくるんだ!もうだめだ!このままだと本当に土井君を殴ってしまう!
 と、その時、少し離れたところで誰かが叫ぶ声が聞こえた。
「誰や!」
 見ると、先ほどのレストランの店員のおばさんだった。目を見開き、怒りの表情でこちらに歩いてくる。
「誰や!」
 また店員のおばさんはそう叫んだ。僕たちのサークルの誰かに何か言いたいということはあきらかだった。あわてて部長が出て行った。
「どうかしましたか?」
 なるべくやんわりと店員のおばさんに訊ねた。けれども、店員のおばさんは変わらぬ剣幕で部長に食ってかかるように言った。
「誰や! 大盛カツカレーセットを食べとった子は!」
 部長が「え?」と聞き返すと、店員のおばさんは怒りにまかせていっきにまくしたてた。
「あんたね! テーブルの下にわらじとんかつがたくさん落とされとったんだがね! ひときれやふたきれじゃないよ! ほとんど一枚落とされとったんだわ! ご飯も一緒に落とされとったし! 食べれんのなら食べれんで残してくれればいいがね! なんでそれをテーブルの下に落としとくの! 食べ物をそんなことしたらいかんでしょう!」
 店員のおばさんは唇をぷるぷると震わせていた。部長はとりあえず謝ったが、店員のおばさんは「誰や! 大盛カツカレーセットを食べとった子を連れてこい!」と息巻いている。
 仕方なく、部長はあたりを見回して土井君を探した。そしてこちらに気付くと、「土井、ちょっと」と呼んだ。
 あきらかに土井君は一連の出来事を見ていたはずだった。当然、部長が土井君を呼んだのにも気づいたはずだった。しかし、土井君は部長に呼ばれるとさっと視線をはずし、芝生に目を落とした。
 また何か店員のおばさんが部長に言った。部長は数回頭を下げてから、また土井君のほうを見て「土井、ちょっと」と言った。

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