小説

『粗忽なガーヤ』佐藤邦彦(『粗忽長屋』)

 この後たっぷりと博士に安全性についての説明を受けた熊五郎。内容に関してはさっぱりで御座いますが、これだけ安全だと云うんだから大丈夫だろうと、被験者になることを承知致します。
「では、そのまま背中を背もたれにあずけるがよい」
 博士に云われ、熊五郎が空気のソファに背をあずけますってえと、自然と背もたれも倒れていく様で御座います。フットレストも付いているのか、脚も持ち上がります。
 傍から見ると空中に浮いて横になっている様に見えます熊五郎に、鍔の無い黄色いヘルメットの様な物を被せますってえと、ヘルメットの天辺から延びたコードが、熊五郎と同じ様に空(くう)に横たわっている、ブリキのロボット然とした物の頭に被せられているヘルメットに繋がっています。どうやら、これに熊五郎の脳を複写する様で御座います。
「ポチッと」
 との博士の声が聞こえますと、意識がスーッと遠のきます。

「ほれ、済んだぞ。起きるが良い」
 博士に云われ熊五郎が起き上がろうとしますと、空気ソファの背もたれが持ち上がりまして、手助けをしてくれます。
「もう済んだんで?たった今横になったばかりですが」
「お前がそう感じておるだけで、あれから2時間経過しておる」
「へっ?そうなんで。で、首尾は如何で御座いやしょう?」
「大成功じゃ」
「ほんとですか⁉そりゃありがたい。それじゃ、あっしは明後日から火星ツアーに行って参りますんで。明日、早速会社の皆にはアッシの代わりに、あっしと同じ人格を持ったオモチャの様なロボットが出社すると説明しやすんで」
「その必要はない」
「えっ?だって博士、何も云わないでロボットが出社したら、皆が驚くじゃありゃしませんか?」
「説明は熊五郎がするから、お前がしなくとも良いと云っておるのじゃ」
「だから、熊五郎はあっしじゃ……。まさか……」
 熊五郎、首を下に向けて自分の体を見て心底驚きます。そうで御座います。お察しの通り、ブリキのロボットの様な体が見えております。
「博士!あっしは熊五郎じゃないんで御座いやすか?」
「うむ。熊五郎であって熊五郎ではない。熊五郎´(くまごろうダッシュ)と名付けよう」
「熊五郎´…。そんな馬鹿な!冗談じゃねえ!こんなのは納得できねえ。元に戻しておくんねえ!」
「何を云っておる。熊五郎は大喜びで帰っていったぞ」

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