小説

『粗忽なガーヤ』佐藤邦彦(『粗忽長屋』)

 そう云いますってえと博士、白衣のポケットから一葉の写真を取り出し熊五郎に差し出します。
「これは写真ってヤツですか…噂には聞いておりやしたが、目にするのは初めてでして、で、この写真に写っている老人は博士の父上か何かで。どことなく面影が似てらっしゃいますが」
「これは40年前の儂じゃ」
「御冗談を…」
「冗談ではない。20年前に若返りと、不老の薬を発明し、その薬を飲んだ結果が今の儂の姿じゃ」
「えっ!若返りと不老の薬ですって!大発明じゃないですか!でも、そんな大発明なら、あっしの耳にだって入ってもよさそうなもんですが」
「世間には公表しておらん。また今後も公表する気はない」
「何故です?大変な発明じゃねえですか」
「こんなものを今の人類に与えたら停滞するに決まっておる」
「停滞って、人類が、ですか?」
「そんな話はよい。お主もヒューマンメモリーの件で来たのであろうが」
「なんです?その、ひゅうまタイムリーてな」
「そうではない。そもそも、ひゅうまはタイムリーは打たん。投げる方じゃ。ヒューマンメモリーじゃ」
「それで、もう一人のあっしを作れるんで?」
「うむ。よいか。ヒューマンメモリーとは……」
 ガーヤ・ングンダラ博士の説明によりますと、人間の脳を記録媒体に記憶し複製することによって、コンピューターの中でその人物を生活させたり、転送したり、また小指の爪よりも小さな記憶媒体を運ぶことで大量に人間の意識を宇宙船に積み込み、運ぶこともできれば、食料も水も不要なので非常に効率的とのことで御座います。
「でも、それだと肉体はないわけで、今回のあっしの目的には適わないんでございますね」
 熊五郎が博士に今回の目的を話しますってえと。
「否!さつきの説明はヒューマンメモリーのすべてではない。よいか、儂はこの記憶媒体に肉体をも与えるのじゃ。そうすることによって未知の惑星の探査など……」
「肉体ですって!じゃあ、あっしの代わりに会社にも行けますね⁉」
 熊五郎、演説をしようとする博士を遮ぎります。そりゃそうです御座いましょう。熊五郎にとっちゃ、未知の惑星探査よりも自分の火星ツアーが大事で御座います。
「うーむ。矮小な考え方しか出来ぬ奴じゃて。小人養い難しじゃな」
「博士。あっしは商人じゃありやせんで。そんなことより、そのヒューマンなんとやらは安全なんですかい?」

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