小説

『粗忽なガーヤ』佐藤邦彦(『粗忽長屋』)

「ほれ、済んだぞ。起きるが良い」
 博士に云われ熊五郎が起き上がろうとしますと、空気ソファの背もたれが持ち上がりまして、手助けをしてくれます。
「もう済んだんで?たった今横になったばかりですが」
「お前がそう感じておるだけで、あれから2時間経過しておる」
「そうなんで…。いや博士ありがとうございます。おかげで、この20日間の記憶も、火星ツアーの記憶も、しっかりとあっしのここに入っておりやす」
 と、熊五郎が自分の頭を右手で触りますってえと、カーンと乾いた金属音が致します。
「……。博士……」
 おそるおそる熊五郎が首を下に向けますってえと、そうで御座います。お察しの通り、ブリキのロボットの様な体が見えております。
「うむ。押すボタンを間違えてしまい、オリジナルの方の意識を消去してしまったわい。残念ながら最早手遅れじゃ」
「手遅れって…。あっしは死んでしまったんで…」
「うむ。不幸な事故じゃった」
「そんな…」
 熊五郎´、立ち上がり、よろよろと熊五郎の亡骸に近付き、それを見降ろしますってえと。
「博士…。ここで死んでいるのは確かにあっしですが、このあっしを見降ろしているあっしは、いったい誰なんでしょう?」

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