ヒールを履いた私は、大きく深呼吸をした。
「行ってきます!」
誰もいない部屋に向かって大声で叫ぶ。今日一日を頑張るおまじない。私は勢いよく外の世界に飛び出した。
待ち合わせの店では、既に優未が席に着いていた。
「お待たせ」
「ううん、私も今来たところ」
優未はプレゼントを待つ子供のような目で私を見た。
「で、今日の男はどんな男?」
私は優未が手掛ける雑誌で「男という生き物」というコラムを連載している。数々の男を見てきた私だからこそ、是非それを書いてみないかと優未が提案してくれたのだ。
「今日は…こんな男でどう?」
私はにやにやしながら優未に原稿を差し出した。
「あと残しの男?なんか、おもしろそう」
「でしょ?好きなものを最後までとっておく男」
「あー、そのタイプね。まぁ、腐ることを恐れて無難なところで手を打つ男よりはいいけど、このタイプは、残しすぎて腐らせたりするどんくさい男も多いわね」
優未は原稿をめくる手を止めて呟いた。
「まさにその通り。攻め続けながらも、どこで見切りを付けるのか。その判断力も大人の男に求められる条件のひとつね」
大人になれば、自分の体力や気力の限界を意識する。そして、最後までとっておくと鮮度が落ちるとか、期待なんてしない方が良いとか余計な知恵がつき、守りに入るようになる。そんな男に興味はない。
「うん、相変わらず面白い」
優未は原稿を閉じて、満足気に笑った。
「それは、どうも」
「よし、仕事の話はここまで。おいしいランチといきますか」
私たちは笑顔で頷く。
「今日美樹ちゃんは?旦那さんがみてるの?」
「うん。今日は1日どっぷり父と娘の時間にしなさいって言っといた」
「さすが、完璧に尻に敷いてるわね」
「そりゃそうよ。じゃないと子育てしながらフルで働くなんて無理だもん」
優未はいつも子供のことをさらっと話してくれる。
子供が産めない身体になってからというもの、私の前で子供の話はタブーだという空気が周りの人間からひしひしと伝わってきた。それは、どこに行っても逃れることができない。まるで、優しさという名の暴力のようだった。私は自然と周りの人間と距離を置くようになった。でも優未はそんな私を知ってか知らずか、当たり前のように話してくれた。