息絶えた捕虜は埋葬されることも火葬されることもなく、近くの谷川に打ち捨てられます。僕も例外ではなかったようで、凍てつく川の底で目を覚ました時、呼吸さえ必要としない我が身に、もはや呆れ果ててしまいました。
どうにか岸に上がると、凍りついた針葉樹の森を何日もさまよい歩き、一軒の朽ち果てた山小屋を見つけると、そこで僕は暮らし始めました。食べ物もなく、水もなく、暖をとる術さえありませんでしたが、僕にはすべて要らないものでした。眠ることさえ必要としない僕は、古びた揺り椅子に腰をかけたまま、陽が昇っては落ちていくのをぼんやりと眺めながら、日々をやり過ごしていきました。
僕はその山小屋で独り、おぞましい記憶に悩まされ続けました。目にしてきた地獄のような光景が眼前に蘇り、この身に受けた苦痛が思い出され、夜通し眠らずにただ耐え続けました。罪の意識もまた僕の精神を蝕み続けました。任務とは言え僕が満州の地で行ってきたことは、まさに鬼畜の所業でした。被験体となった人々の呻き声や断末魔の叫びが頭の中でこだまします。
僕は、何度も何度も、数え切れないほど繰り返し、自殺を試みました。刃物で首すじを切り裂き、心臓を貫き、縄で首を括り、崖から身を投げ、ありとあらゆる方法で身体を傷つけましたが、すべて徒労に終わりました。
地獄は死後に待つものではありません。死ねないことこそが本当の地獄なのだと、僕は知りました。
そうして、およそ二十年の月日が過ぎ去りました。
永らく手に取ることもなかった懐中時計を、窓から射し込む日光にかざして、薄暗い室内に肖像を映し出してみました。その肖像は、ぼろ布のように破れて乾ききった灰色の皮膚が、わずかに骨格に張り付いているばかりの、もはや骸骨かミイラのような姿でした。到底自分の姿とは思えません。その代わりに、久々に覗き込んだ鏡の向こうに立つ僕は、ヴァシリーサと出会った頃と寸分違わぬ、若々しく健康的な姿です。
僕は破れかけた軍服を脱ぎ捨て、部屋から見つけ出した洋服に着替えると、山小屋を後にしました。
それから永い放浪の日々が続きました。
はじめはロシアの小さな町々を渡り歩きましたが、黄色人種はどうしても目立ちます。しばらく暮らしていると何かしら面倒が起こり、その度に別の町へと移るうちに、やがてモンゴルに入り、遊牧民と生活を共にするようになりました。しかし何年か経つと、一向に年老いることのない僕に周囲は疑いの目を向け、また別の場所を探さなくてはならず、居場所はなかなか見つかりませんでした。そうして旅を続けるうちに中国に入り、大都市である上海に辿り着きます。そこは多くの人種がひしめき合い、喧騒に満ち、欲望と混沌に支配された街でした。身を潜めるにはうってつけで、僕は少しずつ馴染んでいきました。
ある晩、南京東路の安酒場で白酒をあおっていると、ひとりの女が店の外を通り過ぎました。