「サー・ローリエ。今日はハンツが封書を一枚持ってきました」
「封書は『一通』だよククルス。『一枚』じゃ絵はがきだ。久しぶりだね」
「ふふ。失礼しました。あて名は間違いなくここです。でも」
封書を目の前で見せて、裏返した。もとより文字が読めるかはわからない。視力は相当弱っていた。表情はほとんど変わらないが、やはり署名がないことを訝しんでいる様子だった。
「署名がないのです。ドロシー様でしょうか」
言いながら、先生の妹の筆跡ではないことはわかっていた。
「あけてみてくれ」
私は膝にのせた銀の盆をサイドテーブルに移し、封書を丁寧にナイフで切った。中からは絵葉書が一枚出てきただけだった。絵葉書一枚なのになぜ封書で届けたのかはわからない。ひとまず先生に裏面の、文章の側を見せる。
「読んでくれ」
よろしいのですか、とは聞かなかった。
「『最愛なるあなたへ あなたの詩に感謝を。声と温もりに旅の祝福を ルーシー』」
「ルー……シー……」
ルーシーは、先生が詩を書くにあたって時折登場した女性の名だった。ルーシーという名が冠された詩編もいくつかある。だが先生以外誰もルーシーという女性を知らないし、先生の旅行に同伴した幾人かの女性でもなかった。架空の人物とすら言われている。
それに。
ルーシーという女性は、先生の詩編にあっては故人であり、また孤独の花であった。
「本当にルーシーさんというのはいらっしゃるんですか、サー・ローリエ」
かつて誰もが尋ねた質問だった。だが言い切ってから、すぐに私は口を閉じた。先生はじっと絵葉書を、その孤高の花を見つめていた。揺らぎない湖面に映る月のように、まっすぐに。窓ガラスに横顔が映り込んだ。書斎に壮年のころの先生の写真が飾ってあるが、改めて同じ人物だと思えた。鋭く、切なく、それでいて求める目だ。
ブッポウソウが森の奥、夢案内の汽笛のように鳴いた。夜がしんしんと募るように更けてゆき、月が少しずつ雲に隠されていった。先生は静かに、声が湖に波を起こしてしまうかのように注意深く、食事をもらおうとだけ言った。
翌日、私は窓辺にルーシー女史からきた絵はがきを飾った。絵葉書の表側に描かれてい花は淡いピンク色のユリだった。八重咲なのか、開く花弁の中心に白いつぼみがあり、乙女が恥じらっているような印象の花だった。雫を飲み終えて先生はぽつりとつぶやいた。
「いいかい、ククルス。幸福な時間には必ず終わりが来る。不幸に必ず終わりが来るようにね。たくさん悲しんだなら、気付くはずだ。悲しむ間過ごしたそこから、幸福の風が生まれることに。そして風というのは実に様々なものを運ぶものだ。例えば私達とかね。ずっと遠い空の向こうの国まで運んでくれるんだ」
昼下がり。いつものように先生は眠った。とても静かな午後だった。私は空っぽの食器を持って、ベッドを離れた。窓辺のユリはいっぱいに風と太陽の力を浴びていた。