小説

『デイドリームアフター』柘榴木昴(『ワーズワース詩集『水仙』『ルーシー・ポエム』)

 シーツを取り込むために干場に出た。傾きはじめた日の光が家に、草に、花に浸透していく。花達がもっとも陽の光を吸収するのは昼下がりなんだと先生は言っていた。スープと同じで真昼の陽は熱すぎて飲めないんだって。栄養をたっぷり吸った溢れんばかりの薔薇が初夏を彩っていた。きっと私の世話が上手なのだろう、毎年花の数が増えていく。先生に見せたいが、切り取ることを良しとしない。
 身体を起こすこともままならない先生こそ、この可憐な生命力が必要なはずなのに。先生が薔薇を眺めたのは何年前のことだろう。
 シーツを持ったまま憂いていると玄関の方で呼ぶ声がした。ハンツだろう。表に回る。
「やあククルス。今日の御館様はどうだい」
「いつも通りよ、ハンツ。久しぶりね」
「元気ならよかった。ククルス、わすれたのかい? 先週来たじゃないか。はいよ、手紙は一通だけだ」
 郵便配達のハンツから一枚封書を受け取る。表書きには先生の名があるが、差出人に名前はなかった。著名な詩人である先生のファンから手紙が来ることも以前はあった。でも名前がないのは腑に落ちなかった。大体ファンというものは謙虚なようで図々しく、名前は必ず書いてあるものだ。これは得体がしれない。
「どこからなの?」
「いや、俺にもわからないんだ。まあ配達記録なんて真面目に取ってないからな」
 それだけいうと、じゃあと帽子をちょいとあげて行ってしまった。まあ、勝手に開けるわけにもいかないので後で先生に渡そう。どのみち開封するのは私なのだ。エプロンのポケットに入れて家事に戻った。自転車をこぐハンツの影が、やけに伸びていた。

 結局眠ったままだった先生のまぶたが空いたのは食事の時間になってからだった。
「サー・ローリエ、食事はどうなさいます」
 私は尊敬と親しみを込めて先生のことをサー・ローリエと呼ぶ。栄誉の月桂冠を授かった詩人は数えるほどもいないのだ。
「いつも通り頂くよ。それより窓を開けてくれないか」
 体を起こして厚めのクッションを背中にあてがう。窓を開けると夜の風が湿度と涼を含んで舞うように吹き込んだ。森の夜は深くて明るい。星々が瞬きながら懸命に星座を紡いでいた。
 食事と共に、受け取った封書を銀の盆にのせてもってきた。封切ナイフも一緒だ。ベッド横の椅子に座り、銀の盆を膝にのせて封書について聞いた。粥はどうせ熱くてすぐには食べてもらえない。雫を一口飲んでもらって、エプロンのポケットを探る。

1 2 3