小説

『灯台守の犬』はやくもよいち(『定六とシロの物語(秋田の昔話:老犬神社)』)

両親よりも先に家へ戻ったアンジェは戸を閉めると、体をはたいて土ぼこりを落としました。肩までかかる波打った髪を払えば、砂つぶが床にこぼれます。
彼女は驚きました。
暖炉の前にいるはずのペスがいないのです。
探し回っても、どこにも姿がありません。時計の針はもうすぐ5時を指します。
ペスが元気ならば、丘の灯台へ行く時間でした。

アンジェは窓の外に目をやります。
低い雲が天井のように空をふさぎ、外は暗くなっていました。
今夜は嵐になるから、家に帰ったら外へ出てはいけないと父親に言われています。
守らなければ母親にこっぴどく叱られるでしょう。

でも、放っておけません。

「もう。ペスったら、手がかかる子ね」

弟のポールを世話するときの口ぶりでつぶやき、ふんと鼻を鳴らします。

彼女は手早く支度をしました。
大工たちの仕事部屋に飛び込んでロープの束をつかみ、椅子に掛けてある油布のマントを取り上げます。
足音を鳴らして居間に駆け戻り、壁のランタンを取って暖炉の火を移しました。
父親みたいにランタンの持ち手にロープを通し、マントの上から肩にななめにかけます。
仕上げに、おねだりして買ってもらった赤いゴムの長靴を履きました。

ドアを開けて外に出ると、雨粒がばちっと音を立ててやわらかいほほを打ちます。
アンジェはマントのフードを目深にかぶり、片手で前を押さえて走り出しました。

 
ペスは強風に押されて思いのほか早く丘の灯台へ到着していましたが、用水路の橋を越える際に体力を使いすぎたのでしょう。
閉ざされた扉の前で力つき、ひざを折りました。

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