小説

『灯台守の犬』はやくもよいち(『定六とシロの物語(秋田の昔話:老犬神社)』)

マリーは二人目の子供を産んでから貫禄が出て、「おかみさん」と呼ばれています。
8歳になったアンジェリカは3つ年下の弟、ポールの面倒をよく見るやさしくて活発な女の子に育ちました。

ペスは17歳、人間ならば90歳近いおじいちゃんです。
温かい暖炉の前にうずくまり、淡くにごった瞳を暖炉の炎に向けたまま、ほとんど身動きしません。
身体もひと回り小さくなってしまいました。
紅葉が散る頃までは、震える足を懸命に動かして灯台へ出かけていましたが、冬が訪れると足が動かなくなったのです。
1週間前、ついに立ち上がれなくなりました。

「先生のところへ行くのか」

マルコが溜息混じりにつぶやくと、アンジェは、「あらパパ、ペスは休んでいるだけよ」と朗らかに答えました。
ペスはか細い息で鼻を鳴らします。
春になって身体が温まったら、また灯台へ行くつもりでした。

 
その日、午前中は晴れて冷たい北風が吹いていたケイン村では、午後になると南西の温かい風が吹き込んで来ました。
気象台の発表によれば、前線を伴った低気圧が発達しながら通過して、春の嵐がこの地方を襲うだろうということでした。
マルコと弟子たちは朝から休みなしで働いておりました。
村のあちこちから家の修繕や、屋根の補強工事を依頼されたからです。
おかみさんのマリーもポールを背負い、ご近所の家々に声をかけて回りました。

ペスは空気の変化で嵐が近づいていることを知りました。
雷の日に漂う独特の匂いがします。

「こんな日こそ仕事をしなければならんのだ」

雷鳴とどろく灯台で、パラディ先生と過ごした夜が思い出されます。
ペスは弱った足に力を込め、ゆっくりと体を持ち上げました。
小刻みに震える足を少しずつ前に出し、玄関を出ると風塵の中へ消えて行きました。

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