小説

『灯台守の犬』はやくもよいち(『定六とシロの物語(秋田の昔話:老犬神社)』)

激しい揺れで高度計の針が留まることなく上下に振れています。
発達した雷雲に取り囲まれているせいで、電波灯台を示すべき計器が見当違いの方向を指示していました。
激しい揺れに加えて、どこを飛んでいるのか分からない状態が、もう30分以上も続いていました。

「引き返しましょう」

一等航空士が思い切って提案します。

「無理です。転針している間にどこへ吹き流されるか、見当もつきません」

航法士の意見に船長がうなずきました。一等航空士は食い下がります。

「すでに計画された飛行時間を過ぎている。このままでは燃料が枯渇します」

「航路から大きく外れると危険です」

最後に把握した正確な位置から計算すると、飛行船は現在、ケイン村の近くを飛行しているおそれがありました。
北に3000メートル級の山々が連なる空の難所です。
設計上、シリウス号は3000メートルの山を越えられません。
もし北に流されれば、夏でも白い雪を残す峰々に激突するでしょう。
高度を下げて雲の下に出れば、地上の目標や地形からおよその位置が分かるのですが、山の斜面や高い建物、背の高い樹木などに接触する可能性が高まり危険です。

「進路を維持。状況の好転を待つ」

船長が決断すると、一等航空士は席を立ちました。

「乗客の様子を見て参ります」

船長がうなずくと、近くの船員に必要な指示を与えてブリッジを出ます。
キャビンへ下りていく途中、円窓を縁取る金具が青白く燃えているのを目撃しました。
セントエルモの火と呼ばれる放電現象で、飛行船が嵐の腹の中にいる証拠です。
彼は胸の前で十字を切りました。

 
階段を上りきり、灯籠部にたどり着いたアンジェは息を飲みました。
雨が四方の窓を激しく叩き、風は唸りを上げています。
群がる黒雲は、低く天井を作り出していました。
雲の中では稲妻が横に走り、大岩が転がるような音がそれに続きます。

この世のものとは思われない光景にアンジェが心を奪われていると、近くに雷が落ちました。
目もくらむ光と、灯台をも揺さぶる轟音に驚いて、ペスを抱いたままぺたんと床にすわりこみます。

「見て! 雲の中に飛行船がいる」

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