寂しげな雰囲気ばかりが立ちこめるバス停の前で、絵美はちいさくため息をついた。とんでもなく期待をしていた、という訳ではない。けれど、「未来の自分がやってくる」かもしれない場所が、思った以上に閑散とした雰囲気だった。これまで抱いていた淡い期待感に、サッとペンキで塗られたように、がっかりした気持ちで上書きされてしまった。
「……これは恭子ちゃんに騙されちゃったのかも」そう思いながら、次にくるバスの時間を調べる。H市駅前行きのバスに乗れば、いつも利用しているおばあちゃんの家の近くで降りられる。そのバスは、あと十五分後にやってくると表示されていた。近くにコンビニでもあれば、そこに移動してもいいけれど、ぱっと見たかぎりでは何も見当たらない。コンビニを探しているうちに十五分過ぎてしまいそうだ。十五分くらい、座って待っていれば、すぐにバスがやってくるだろう。古いベンチに腰をかけ、絵美は時々しか通らない車をボンヤリと目で追っていた。
その時、一台のバスが近づいてきた。行き先の表示は、ランプが消えかかっているのか、よく見えない。そのバスは、ゆっくりと停車して、ぷしゅう、という音と同時に扉が開いた。運転手となにやら会話を交わしている人がいる。小さな声で「ありがとう」と言った声が聞こえたのち、その人が降りてきた。
絵美は思わず「あっ」と声が出てしまった。
バスからゆっくりと降りてきた人は、いつも写真で見ている、絵美の母親そのものだった。服装こそ、ちがっている。けれど、普段から困っているように見える目もと。クセのないまっすぐな髪。少しぽっちゃりとして、柔らかそうな手の甲。そのすべてが、写真と、少しだけ絵美の記憶に残された母親と同じに見えた。
その女性は、腕時計をチラリとみながら、バス停に表示されている時刻表を指差しながら確認し、次にくるバスを待っているようだった。
絵美は、その女性に声を掛けてみようか、迷っていた。二十歳の自分に合える場所で、まさか亡くなった母親そっくりな人に会えるなんて、思ってもみなかった。あまりにもそっくりなので、じろじろと必要以上にじっとその女性を見てしまう。「あんまり見ていると失礼かも」と思ったけれど、絵美はどうしても目をそらせなかった。
不躾な目線を送りつづけていても、その女性は絵美のことが全く気にならないようだ。それどころか、絵美の姿が目にも入っていない様子だった。その女性は早くバスがやってこないかと、何度も腕時計を確認している。少し体を傾けて、バスがやってくるであろう方向を見つめていた。女性が腕時計を動かすたび、ガラス面にあたる光が反射するらしく、キラリと小さな光がうごめいた。
「あの……」
絵美は、思い切って、ベンチから立ち上がり、その女性に声を掛けた。声をかけようと決めたときから、心臓はバクバクと慌ただしく動いている。