祖母の家は、T市にある。普段は乗らないバスのルートで行けば、件の「二十」のバス停を見てみることができるのだ。
「二十歳の自分」に会ってみたい、と強く願っている訳ではないけれど、昨夜思いついたひらめきのこともあって、一度そのバス停に行ってみようかな? という好奇心がわいてきたのだった。
T市にある祖母の家に行くには、いつもは駅前ロータリーから出発するバスに乗る。けれど、そのバスに乗ると、「二十」の前を通らない。そのため、大通り沿いにあるバス停から乗って、大きな川を渡る経路のバスに乗ることになる。
いつもと違うバスに乗るため、念入りに時刻表の休日ダイヤを確かめて、絵美は自宅を後にした。
時刻表通りにバスが到着し、絵美はそのバスに乗り込んだ。車内はガランとしていて、静かにうつむいている老人がぽつぽつと座っているだけだった。
絵美は一人掛けの席に座り、ぼんやりと窓の外を眺めていた。いつも乗らないバスの車窓から見える景色は絵美の目には新鮮に映った。知らないパン屋を発見しては「今度、買いに行ってみよう」とすこしだけ胸が高鳴ったりもした。 大きな川の上を走っている時「お母さんも、この景色見たのかな?」という疑問が、ぼんやりと心のなかに浮かびあがってきた。
お母さんも、お父さんも。おばあちゃんですら産まれる前からこの川はずうっと流れているんだよね、と思うと絵美の心はぎゅうっと締め付けられた。ずっと変わらずに、同じ景色が広がっているのに。そこを通る人間は、居なくなっていってしまうんだ。お母さんみたいに、突然に。不意に浮かんだ思いに、絵美は涙がこぼれてしまいそうだった。けれど、バスのなかで泣くなんて恥ずかしいと思い、必死に我慢した。
「次は、二十。次は、二十です。降りるお客様は、ブザーを押してください」川を渡って五分ほど走ったあと、バスのなかにアナウンスが鳴り響いた。絵美は慌てて、窓の横に備え付けれらたブザーを押した。「次、停まります。降車の際、手荷物のお忘れなどございませんよう、お気をつけ下さい」自動アナウンスが再びバスの車内に鳴り響く。絵美は無意識ながらカバンをキュッと握りしめていた。
「ありがとうございました」
運賃を支払う時、バスの運転手さんがやさしく絵美に笑いかけてくれた。このバス停でおりる若い子は、未来の自分に興味があるんだろう。そう思われているに違いない、訳知り顔に見えて絵美は恥ずかしかった。すこしだけ顔が熱くなりながら、あわててICカードをタッチした。絵美だけがバスを降りると、すぐさまそのバスは走り去ってしまった。
二十のバス停の周りには、これといった特徴はなかった。古びた団地が立ち並ぶまえにあるバス停には雨よけの小さな屋根があった。三人も座ればギュウギュウになるであろう、小さなベンチが申し訳なさそうに置かれている。道路の向こう側には、歯医者があったけれど、シャッターが下りていた。会社の名前が掲げられた小さなビルも見えるけれど、土曜日はお休みらしく、硬くドアは閉ざされていた。