小説

『次、停まります。』間詰ちひろ【「20」にまつわる物語】

「もしもし、おばあちゃん? 明日昼には行くと思うから。うん。大丈夫。お昼は、おばあちゃん家で食べるよ。じゃあね」
 土曜日の昼に、祖母の家に向かうと電話で告げたあと、絵美はテーブルに向かった。やはり、今夜中に作文を書き上げてしまいたい。祖母の家に課題のプリント用紙を持っていくことも考えたけれど、祖母に詮索されそうなのも、嫌だった。
「絵美ちゃんが、得意な作文で悩むなんて珍しいね。何がテーマなの?」と必ず聞いてくるに違いない。その時に適当にはぐらかして答えられる自信はない。かといって、「家族」がテーマで作文を書かなきゃいけない、といったら、きっと申し訳なさそうな表情を見せるだろう。考えただけでも絵美はそれだけは避けたいと、ちいさな胸を痛めるのだった。
 しかし、どうしても絵美は作文を書けずにいた。初めの数行を書いてみるものの、どうしても嘘っぽい。書いては消しを繰り返し、プリント用紙はへろへろと、弱り果てた様相に変わっていった。
「適当なことをいって、やっぱり明日おばあちゃん家で書こうかな……」
 煮詰まり過ぎた、しょっぱい味噌汁を口にした時のように、絵美はひとり、で顔をしかめていた。このまま考え続けても、今日はもう無理だなぁ……。どうしても出口にたどり着かない迷路で、同じところばかりをグルグルと回りつづけているような気分だった。

 今日はもう諦めようと、ベッドに潜り込んだ時、絵美はふと昼間話していたことを思い出した。「二十」のバス停で、未来の自分に会えるという都市伝説のことを。
「未来の自分かあ……」
 二十歳になったときの自分に会える。
 いま、十四歳の絵美にとって、二十歳というのはかなり「大人」なのだろう、とぼんやり思い描いてみる。お父さんみたいに四十歳、おばあちゃんみたいに七十歳と、普通に暮らしていれば、もっと歳をとることもできる。でも、お母さんみたいに、二十五歳で死んでしまったら、永遠に二十五歳なのだろうか?
「……そう言えば、お母さんは二十歳のときに、私を産んだんだよね」
 そう思った瞬間、キラリと絵美の頭にひらめきが走った。
「自分の将来の家族」について、作文を書いてみれば良いのかもしれない。私が将来、どんな家族を作りたいのか。ああ、いいことを思いついた、そうしようと考えているうちに安心してしまい、絵美はいつの間にか眠りについていた。

 翌朝、祖母の家に出かけるため、絵美は準備をしていた。着替えなどの生活に必要な一式は、「絵美用のタンス」に用意されてある。そのタンスのなかで静かに待機し、出番を待っている。読みかけの文庫本に、祖母の家でおこなう課題のプリント用紙をそっと挟んで、カバンに詰め込んだ。
「ちょっとだけ、寄り道していこうかな?」

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