「……うん。たしかにもうすぐ二十歳になる人なら、自分とそっくりな人が現れるもんね」絵美は、ごくんと唾を飲み込んで、恭子のはなしに聞き入っていた。
「でもね。バスからは、誰も、降りてこなかったの。で、その人は『やっぱり、インチキだ』って言いふらしてたのね。でも、その人、二十歳になる前日に、事故で死んじゃったんだって!」
「え……? それって、『未来の自分』が、いないから、降りてこなかったってこと……?」
絵美は急に背筋がぞっとして、おそるおそる恭子に確かめる。
「そうだよー! こわいよねー!」
怖い怖いとふたりで騒いでいたら、授業が始まるチャイムが鳴った。恭子は慌てて自分の席に戻っていった。絵美は、聞いたばかりの怖い話に気を取られ、机に広げたままになっていた課題のプリントを忘れていた。何度も折りたたんでいるせいか、形状記憶のワイシャツのように折り目がぴしっと決まっているプリントを、カバンの中にしまいこんだ。
「H市の作文コンクールの課題についてだが、提出していないのは、小川絵美、お前だけだ。土日で必ず書いてくるように。書いてこないと、月曜居残りだからな」
HRの時間に、担任の先生から名指しで指摘され、絵美はうんざりした。「はあい」と適当に返事をしながらも、ちくりと胸が痛む。どちらかと言えば作文を書くのは得意だった。小学生の頃から、毎年H市の作文コンクールに提出していて、佳作をとったこともある。けれど、今回は、よりによってテーマが「家族」だなんて。書き辛いこと、このうえない。
絵美の母親は、絵美が幼稚園の時に交通事故で亡くなっていた。それ以来、父とふたりで暮らしている。父が仕事で忙しく、絵美の面倒がみられないときには母方の祖母に面倒を見てもらうこともある。絵美が小学生の頃は、父も職場にお願いしてくれていたらしい。夜にはなるべく早く帰宅してくれていたし、出張なんかもほとんどなかった。父としても、突然母を亡くした娘に寂しい想いをさせたくなったのだろう。しかし、絵美が中学生になると、父は仕事で忙しく、留守がちになった。父は申し訳なさそうにしていたけれど、ずっと職場に融通を聞いてもらい続ける訳にもいかないという理由は、絵美にも納得ができるものだった。絵美自身、成長するにつれ父親にべったりと甘えていちゃいけないと、言い聞かせるようにしていた。
絵美が今朝起きると、ダイニングテーブルの上に「週末はおばあちゃんのところに行ってください」と慌てて書いたようなメモが置かれていた。
まったく寂しくない、と言うと嘘になる。けれど、そんな気持ちを作文に書くことなんて絵美には絶対にできなかった。
「お母さんは幼稚園のときに、事故で亡くなりました。今は父とふたり暮らし。父は仕事で忙しく、寂しいです。おばあちゃんはやさしいけれど、なんだか私に気を遣っています」考えただけでも、惨めな気持ちがポコポコと胸の奥から沸き上がってくるのだった。周りのみんなから、同情されるのも、嫌だった。