小説

『あめゆき』緋川小夏(『雪女』)

「じゃあ百歩譲ってミユキさんが本当に雪女だったとして、どこがどう人間と違うの?」
「見た目は人間とそれほど変わらないわ。それはあたし達『雪族』が、人間の生活環境に合わせることができるからよ。ある程度はね」
 氷の入ったアイスコーヒーを飲みながら、ミユキが事もなげに答えた。
 暑いのは大の苦手だけど、寒くないくらいの気温なら普通に過ごすことができる。熱い食べ物も駄目で、いつも常温か冷たい物を食している。お風呂は冷水でのシャワーのみ。
 実際、学校に通うため、高校生の頃までは山の麓で暮らしていたのだそうだ。やがて両親が相次いで亡くなり一人になったミユキは、かつて父が生まれ育った人里離れたこの山小屋で自給自足をしながら暮らしている。
「特技は降雪をコントロールできること。ただし、自分を中心とした半径100メートルほどの範囲だけね」
 他にも口から氷の粒を吐き出したりできる(これは熊などに襲われたときの攻撃手段として有効)そうだ。自慢をすると鼻の穴が少し膨らんで、思いがけず可愛らしい。
「でも家の中にストーブがあるんだね。雪女なら生活するのに、もっと寒いほうがいいんじゃないの?」
「だってストーブをつけないと家の中のものが全部、凍っちゃうもの。食べるものも着るものも水も全部。それはそれで不便でしょ? わかる?」
 ミユキが肩をすくめて無邪気に笑う。まるで少女のように無垢で純粋な笑顔だった。それにつられて、わたしも笑う。
 そのときにはもう、わたしはミユキを一人の女性として好きになっていたと思う。雪族だとか、雪女だとか、そんなことは関係なく。そしてそれはミユキも同じだったようだ。
 その晩、すっかり意気投合したわたしとミユキは、どちらからともなく結ばれた。

「あのね。お母さんが息を引き取る前に、枕元に私を呼んで言ったの。もし、お母さんが死んでも、冬になったら雪になって小雪に逢いに行くからね。必ず行くからね、約束だよって」
「お母さんが、おまえにそう言ったのか?」
「うん。だから雪を見るたびに、お母さんを感じて元気が出た。夏はちょっと寂しかったけど、冬になればまた逢えるんだって思えば頑張れたし」
 二人の間でそんな約束が交わされていたなんて、全く知らなかった。
「そうか、そんな約束が……それは初耳だな」

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