小説

『あめゆき』緋川小夏(『雪女』)

「この雪。お母さんが私に逢いにきてくれたんだ」
 足元の心配をするわたしを尻目に、娘が嬉しそうに呟いた。
「お母さん? お母さんが一体どうしたんだ?」
 わたしは不思議に思い娘に問うてみた。娘は瞳を輝かせながら、舞い落ちる雪を一心に見つめている。雪は降りはじめの粉雪から、いつしか大きなぼたん雪に変わっていた。

 気がつくと、わたしはソファーに寝かされていた。
「ここは……?」
 体には厚手の毛布が掛けられている。わたしは起き上がって部屋の中をぐるりと見回した。ログハウス風の部屋の真ん中には大きな薪ストーブが鎮座していて、その窓からは赤い炎がちらちらと揺れているのが見えた。
 この吹雪の中、わたしは一体どうやってここまでたどり着いたのだろう。全く記憶がなかった。
「あ、気がついた? 今、コーヒー淹れるね」
 洞穴で出逢った女が、エプロン姿でかいがいしく動き回っている。肌が透き通るように白く、何もかも見透かしてしまいそうな大きな目をしている。わたしは事態が呑み込めずに混乱した。
 でも淹れたての熱いコーヒーを飲むうちに少しずつ気持ちが落ち着いてきて、とにかく助けてもらったことに感謝の言葉を述べた。
 名前を訊くと、彼女はぶっきらぼうに「ミユキ」と答えた。
 驚いたことに、この山小屋に一人で住んでいるらしい。女性が一人で暮らすには、あまりにも過酷すぎる環境だ。冬山は気温が氷点下まで下がるし、雪もたくさん降る。こんな山奥では買い物だってままならないはずだ。
 わたしからの矢継ぎ早の質問に、ミユキは悪戯っぽい笑みを浮かべながら衝撃的な言葉を口にした。
「大丈夫。だってあたし雪女だもの」
「ユキ……オンナ?」
 もちろん最初はたわいない冗談だと思った。けれどもミユキの話を聞いているうちに、少しずつ「もしかしたら」という気持ちが胸の奥底から湧き上がるのを感じた。
「お父さんは雪男で、お母さんは雪女。あ、雪男とは言ってもイエティみたいに毛むくじゃらじゃなくて、ちょっと体が大きいだけよ。山男とも呼ばれていたわね。でももうどちらも死んでしまって、あたしが最後の生き残りってわけ。自然破壊も進んで、あたし達みたいなのが生き延びるには厳しい世の中になっちゃったのよねぇ」

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