小説

『ブレイキング・フリーキング・ドリーミング・ドール』糸代芽衣(『ピーターパンとウェンディ』)

「…………それは。
 最終決定、ですか」 
 ピートの声はかすれていた。
「もう、どうしようもない、ことですか?」
 完全廃棄/ボディの破壊を含む、対象となる存在の抹消を指す行為/管理者からの通達/覆ることのない死刑宣告/それを知らないティンク。無垢なティンク。明日もその明日も、自分の仕事と破壊を楽しめると楽観しているティンク。
 ピートは瞬時にココロを切り替える。マザーの一挙一投を観察しろ/そして交渉の機会/それが僕がティンクにしてあげる、最後の。
「決定事項よ。
 覆らないわ」
 —-この老婆の笑顔の裏に、一体幾ばくの感情が渦巻いているのだろうか。ピートはつい先ほどまで敬愛していた対象へと、陰鬱とした懐疑の念を抱いた。
「しかし、ティンクを破壊出来るような機体が、存在するとは思えません。
 一体誰がティンクを完全廃棄するのですか?
 外部から穏やかに眠らせることも、マザーのお力では不可能ではないはずです……。
 何故、そこまでティンクの完全廃棄にこだわられるのですか?」
「………ピート、機械の貴方達とは違ってね。
 私達、人間は危険の可能性があれば、根刮ぎ潰したくなる生き物なのよ。
 たとえ、どんなに小さな一欠片でも、規律を乱す原因があれば粉々にすり潰して無くしてしまいたい—-、そうして私達は、にんげんは生き残ってきたのよ。
 ティンクの“破壊衝動”は、偶発的な欠陥。バグ、と言ったらわかりやすいかしらね。
 私達はそこからの可能性を模索していたのだけれどね。
 ……何をどうしたって、生み出せるモノが見つけられなかったの。
 彼女には、もう可能性は無い。残されたのは、ある日、予期せぬ事で、百メガデスもの人間を殺しかねないという莫大なリスクだけ。
 リスク解消の最適解は、あの子のボディを粉々にして、コアを破壊すること。
 一ミクロンの危険性すら我々は許容しない。
 次回の貴方への任務は、あの子を叩き壊して来ること。
 不意をつけば、貴方にだって可能性はあるでしょう。ティンクはあなたには絶大の信頼を置いています。その信頼を利用するのです。
 貴方が止められなかった場合の手も、既に打ってあります。
 ピート、安心して、あの子と最期まで一緒にいてあげなさい。
 きっと、ティンクも喜ぶでしょうから」
(これが、人間の言葉か?)
 ピートは絶望の淵に立たされていた。
 自分達を作った人間は、生き残る術には優れていたらしかった。 
 けれども、その言葉にあたたかい血液が通っているとは、とても思えそうになかった。
(ティンク……せめて、僕の手で)

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