小説

『ブレイキング・フリーキング・ドリーミング・ドール』糸代芽衣(『ピーターパンとウェンディ』)

 ティンクの瞳孔が猫のように細まる。
 —二つ目の路地裏、旧式が隠れている。
 羽から漏れ出る超音波センサーが、旧式の形状、識別符号、健康状態の情報を、光の速さで、くまなくティンクの脳髄と送りつける。自分が破壊する子はどんな名前をしているのだろうか?どんな子?どんな子?/贋作のこころが震える/初恋の相手に向けるような、そんな誤った衝動。
 さぁさぁ、眼が覚めるような殺戮と喝采、沸き起こる怒涛の歓喜。
 ティンクのお楽しみが、今始まろうとしている。
 —-水晶妖精の戦闘ショータイムの幕が、たった今、上がった。
 ティンクの戦闘スイッチがオンになる/セーフティ全解除/破壊を許可する—信号が彼女に兵器の許可を出す/その数秒前に、彼女はヒールで路地を蹴りつけて、跳躍していた。
「アロー!リトル・ガール」
 着地したティンクのヒールが、カツ!と地面を抉る。
 幼いピンクのワンピースの女児。翼を持たない。旧式=廃棄対象/壊していいもの。
 女児の識別符号=リリー。百合を意味する儚げな名前。ティンク、舌なめずりする。
 百合を手折るわ。花を散らすわ。破壊するわ。破壊するわ。破壊するわ。破壊するわ。破壊する破壊する破壊する破壊する破壊する—-。
「グッバイ」
 尖晶石”スピネル”の鋭利な翅が、女児の首をすっ飛ばす。
 首はカラン、と音を立てて、路地裏のゴミ溜めへと転がった。
 その切り取られた驚愕の表情を、首を失った女児がそのまま追いかける/まだ、死んでいない/水晶人形は首がもげたくらいでは死にはしない。コアを、心臓を破壊しなければ殺すことが出来ない。
 ティンクは空で体を捩って舞った。月光が彼女のパーツ/赤い水晶の翅/髪、瞳、ネイルの末端に至るまでを隅々まで透かす。かのシャルトル大聖堂、薔薇のステンドグラスが粉々になったかのような、刹那の煌き。
 首を無くした女児が、動けなくなる。
 前方を塞ぐ死の妖精/迫る己の最後/絶叫の手段を無くした身体——ゲームオーバー。
 ティンクは、女児の心臓部へと左足で回し蹴りを叩き込んだ。
 バチバチ!!!
 青白い火花。リリーの声なき断末魔。

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