「そうそう、こんこんと雪の降ってたあの日、履いていた木のブーツ。あれってお母さんのだからぶかぶかだったんですよね」
次は初老の紳士だった。
「そうそれで、火曜日銀座商店街の横断歩道を渡るときに、トラックを避けた折に、一方の靴をなくしてしまわれたんですな。それで捨ててしまわれて」
若い男の子がことばをつづけた。
「もうひとつは、マッチセラーさんのものだと気づかなかった男の子が、迷い子猫をその靴の中で育てていたそうですよ」
マッチが壁にこすられるとたちまち辺りが明るくなる。
「それで誰かがあなたの足元が寒そうだなって思って、あなたの足にぴったりのベロアのシューズを履かせてくれたのよ。ほらあなたの今のそれよ」
ってわたしの足元を指さす。たしかに茶色いベロアの靴だった。
おばさんが話を次ごうとした時、彼女はふっと溜め息をもらした。
「マッチセラーさん、あなたはお父さんには愛されなかったけれど、おじいさんには愛されていたのよ。マッチ占いのお客さんが少ないと、おじいさんの家まで歩いていって、買ってもらってたの。わしに買ってもらったっていうんじゃないよ。って口留めされて。あたし思うのよマッチセラーさんが、占いするのも悲しい過去から逃れたかったのね」
次のおばさんはさっきのおばさんに言葉が被りそうになりながら、手ぶり身振りで話してくれた。
「それで、夕食をごちそうになったあとは、ちいさな居間でレコードかけて、足の上ダンスをしてもらってたのよ。おじいさんの足の甲にあなたのちっちゃなあんよを乗っけて。ただただ右に左にゆれてるだけの幸せなダンス。そういいうのいつか思い出すわよ。きっと」
仕事帰りみたいなおじさんが、ほれと言葉をもらす。
「ほれ、道行く人はあんたのことが好きで。あの大晦日の夜だって。早めのおせち料理をちゃんとおすそ分けしてもらってますよ」
わたしはここにいるみんなが喜々として話している様子がふしぎでならなかった。これはわたしの物語? うっすらと記憶が甦りそうになってはきえてゆく。
ただかなしいかな、マッチ占いが芳しくないことを想像すると、頬が熱くなった。灼けるような分厚い手の平の熱を感じた。たぶん父親にぶたれていたんだと思う。
「そう、あの大晦日の晩にふと流れ星をみつけたときに、大好きだったおじいさんを思ったんですよ。でもリトルマッチセラーさん、あなたは死んでなんかいませんよ。死にたいって思ったかもしれないけど死んでおらんです」