小説

『カタリベマッチ』もりまりこ(『マッチ売りの少女』)【「20」にまつわる物語】

 記憶ってなんだろうって思った。こうやってみんながわたしの記憶らしい記憶を話してくれているのだ。<リトルマッチセラー>だったわたしは、あの日あまりのトラウマのせいで記憶をなくしたんだと誰かが教えてくれた。車座になって、みんながわたしの記憶をシェアしてくれている。最後のマッチが壁にこすられる。濃密な硫黄の匂いがたちまち夜風にまぎれた。その男の人のことはぼんやりと知っているような気がした。少しくぐもった声。
「だいじょうぶ、俺たちがマッチセラーさんの記憶を少しの間、預かってますから」そういうと彼は肩をすくめて笑った。セーターにマフラーだけの薄着の男の人。それは壊れてしまいそうな彼女の鞄のファスナーをジッポで瞬く間に直していたあの人で。わたしの唯一の記憶の中にに棲んでいた男の人だった。
「ちゃんと家に帰って眠ってくださいね。記憶なんて気にせずに」
 輪の中の誰かが言った。
「また、12月31日に!」
 じゃ、また31日にっていうこえが、あちこちで重なった。
 しばらくたってもわたしはその場所に佇んでいた。広場の地面にはマッチの燃えつきた軸が落ちていた。なにげなく数えてみる。20本だった。
 みしらぬ誰かが記憶してくれていたじぶんの記憶を引き寄せるように、わたしはそれを拾って、ティッシュにつつんで鞄の中に入れた。
 街を歩いているとどこかで誰かが「あ、あのひとリトルマッチセラーさんかな?」って話している小さな声が聞こえた。そこに畳みかけるように、闇の向こう側へと吸い込まれてゆく除夜の鐘の音が、いつまでも響いていた。

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