小説

『ながやつこそ』戸上右亮(『粗忽長屋』)

 三回深く息を吸い、本体の主電源ボタンを押せばいいことに気付いた。転がるようにしてすぐさまテレビにしがみつき、目についたあらゆるボタンを押すと、何個目かのボタンでようやく画面が明るくなる。
 そこには、高層ビルを懸命に消火する様子が臨時ニュースで映し出されていた。他のどの局に回しても似たような映像が流れており、関係のない番組を放映している局はどうやら一つだけのようだ。何十台もの消防車やヘリまでもが出動し、もうもうと黒い煙を吐き出す高層ビルに立ち向かっている。しかしその甲斐もなく、お洒落スポットのシンボルでもあったそのビルはもはや巨大な炭の塊のようになりつつあった。ここの四十二階にあるシャローグラスにいる私が助かるとは、到底思えない。
 皆が私の身を案じてくれている中、ある新着コメントが入った。
「ここ、夕方から火事みたいです。ていうことは、この写真はもっと前のものなんですよね? 『今日のディナーだけで3キロ』っていうのは、うそだったんですか? もしかして今までの日記もうそなんですか? もしそうなら、がっかりです :(」
 コメントの主は「PrincessWhite」。白川愛美だ。
 白川が、疑い始めている。私の存在を。ピクトダイアリーの中の、本当の私を。
「ウソとかストレートに言っちゃだめ! そりゃ画像はパクリばっかだし、日記も矛盾だらけだけどさあ(笑)」
「みんなわかってて楽しんでるんだから、それ言っちゃだめだよ♡」
「失礼じゃないですか? KOSOさんは嘘なんかつきませんよ! KOSOさん、この人たちブロックしてください」
「だって、ライアットホテルで残業するOLなんて現実にいるはずなくね?」
「本人がしてるって言ってるでしょ? 自分ができないからって勝手なこと言わないで」
 白川のコメントに呼応するように他のフォロワーからも否定的なコメントが書き込まれ始め、KOSOのアカウントは炎上の兆しを見せていた。

 うそじゃない。うそじゃない。うそじゃないもん。
 うそじゃないもん。うそなんかじゃないんだもん。

 だって、KOSOは私なんだから。ここにいる、私がKOSOなんだから。今日、シャローグラスで運悪く火事に遭遇してしまったの私がKOSOで、KOSOが私なんだから、つまり私の人生はここでおしまいということだ。
 そう。私はこれで、おしまい。
 かわいそうな私。調子にのって八万円もするワインなんて飲むから、きっとバチが当たったんだ。後から後からあふれ出る涙で、視界に映る全てのものの境界線が消えてゆく。でも泣いてばかりもいられない。私の人生がここで終わるのだから、これまでお世話になってきたKOSOのフォロワーさん達にもきちんとご挨拶をしなくちゃ。ひと箱三百円もする高級ティッシュで涙をぬぐいながら、私は最後の日記にとりかかる。

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