小説

『ながやつこそ』戸上右亮(『粗忽長屋』)

 今度、一緒にどう? 喉まで出かかったその一言だけは何とか飲みこみ、今度のボーナスが出たら白川さんもやってみるといいよ、と話をまとめる。しかし白川は、うそー、すごーい、うそー、うそー、と私の横で騒ぎ続けていた。
「うそじゃないもん」
 彼女の耳には届かない音量で呟いた。届いてはいなかった、そのはずだ。

 KOSOのアカウントに、あるユーザーからフォロー申請が届いたのはそれから数週間が過ぎた頃のことだった。
「はじめまして! いつも素敵なKOSOさんに憧れていましたが、思いきってフォロー申請をさせていただきました。承認してもらえたらうれしいです 🙂 」
絵文字機能もあるというのに、わざわざ半角英数字で作ったスマイルマークを入れるところが西洋文化にかぶれている印象だ。ユーザーネームは「PrincessWhite」。名前に「姫」とつけるからには、よほど自分に自信があるのだろう。私なら恥ずかしくて到底できない。
 一応アカウントを覗いてみると、思った通りの内容だった。海外チェーンのコーヒーカップを握るかわいいネイル、親友と食べるフォトジェニックなパンケーキ、ナイトプールで惜しげもなく晒すビキニ姿。日記の方は、ほとんど「かわいい」と「おいしい」と「やばい」以外に何も言っていない。自己顕示欲の強い二十代の小娘にありがちな内容だ。
全くもって、ありがちだ。ただ一点、どの写真でも一番かわいい顔で映っているのが、あの女であることを除いては。
 白川愛美。
 なぜ、白川が。この間の会話で、KOSOというアカウント名に触れてしまったのだろうか。それとも何かヒントになるようなことを言ってしまった? いや、そんなはずはない。そもそも私がピクトダイアリーのユーザーであることすら、職場の誰も知らないはずだ。ではなぜ、白川が? もしかするとKOSOが私だと気付かずにフォロー申請をしてきたのだろうか。そんな偶然、ある? しかし、そうとしか考えられない。だったら知らんぷりして、フォローを拒否してしまおうか。いや、だめだ。文面も丁寧だし、日記の内容も至って普通なのだから、拒否する理由がない。もしそんなことをしたら、白川はKOSOのアカウントを監視し始めるかもしれない。そしてほんの小さな穴からKOSOが私だと見破り、職場で言いふらすことだって考えられる。そんなことになったら、私はあの職場にいられなくなってしまう。もう、いっそのこと、ピクトダイアリーなんてやめてしまおうか。いや、だめだ。こんなことで私の唯一の居場所を奪われるなんて、よりによってあんなリア充にこの場所を奪われるなんて、ありえない。
 悩みに悩んだが、結局私は白川のフォローを受けるしかなかった。これからは、わずかな痕跡も残さないよう、細心の注意を払いながら日記を掲載しなければならない。それを思えば憂鬱ではあったが、どう考えてもそれしか道はないのだ。

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